例えば、こんな始まり方
純一はバスルームで買った服に着替え、ちょっと戸惑った顔をした。

「履歴書を入れる、鞄がない」

「そのくらい、私が持って行ってあげるわよ。質屋で・・・いくらになったの?」

下世話だとは思いつつも私は聞いた。

「2万ちょい。食料買ったから、今、2万弱かな」

空の財布だけは持っていたらしい純一。中身を確かめる。

「食料、無理に買うことなかったのに」

「お世話になっているから、少しはね。2万弱もあれば、セカンドバッグは余裕で買えるだろ?」

「まぁねぇ。でも、今は時間がないから。行くよ」

「ほ~い」

時間は4時40分。ちょうどいい頃合いだ。

手を繋いで、ゆっくり歩いて紗季の店、「ブロッサム」へ。桜色の壁に茶色の柱。桜の木を思わせる外装だ。

「いらっしゃいませ~。あぁ、真由」

ちょっとぽっちゃりめの私とは違い、モデルのように背も高くスタイルのいい紗季が応対した。会うたびに、我ながら姉妹なのに似てないなぁ、と思ってしまう。

「紗季お姉ちゃん、彼が、紹介したい中山純一くん。ファミレスでのキッチンの経験あり、みたいよ」

と履歴書を差し出す。

「どうぞこちらへ。真由も一緒にいいよ」

と、テーブルの方へ紗季は(いざな)う。

「住所が書いていないけど・・・・」

「すみません、・・・えっと・・・」

真由をうかがう純一。

「あ、あのねっ、アパートが決まるまで、ルームシェアしてるの」

慌てて私が言う。

「なぁんだ・・・やっぱり、真由の彼氏なんじゃない。イイ感じだと思ったんだ、入ってきたとき」

「ち、ちが・・」

「そうなんです~。真由さんとお付き合いさせてもらってるんです」

ん?何を言い出すの?と純一をじっと見る真由。

「料理担当は、僕なんですけどね」

「純一くんの料理、すごくおいしいのよ」

なんだか、急に誇らしくなった気分になって私が言った。

「まぁ・・・ここでは、レシピ通りに作ってくれればそれでいいんだけど、基礎が出来ているのは心強いわ」

「週何日くらい入れる、中山くん?」

「週5くらい、行けます」

「助かるわ。人柄もわかったし、採用。明後日から来てくれる?ね、真由、ちょっと・・・」

「何?」

紗季が私の耳もとで

(中山くんって、なんとなくロッキーに似てない?)

うんうん、と笑顔になりながらうなずく私だった。

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