桃色のアリス
一章 14歳の誕生日



それは長い長い不思議な夢。

木漏れ日の暖かさ。心地よく吹く風。緑が生い茂る木の下、私は姉様とトランプをしていたはずだった。

穏やかな、ゆっくりと流れる時間。もうすぐ訪れる3時のお茶会に心を躍らせながら、トランプを見つめる。手元のハートのキングがペア見つけられず怒っているようで、早く一緒にしてあげようと、ちらりと姉様の手元のカードを見る。
姉様のブラウンの髪が風になびいて煌めいた。目を奪ったその眩しさに、思わず瞼を閉じる。


目を開けると姉様は消えていて、広がっているのは光の世界。
最初は太陽の眩しさに目がくらんだのかと思った。けれどいつまでも視界が戻ることはなくて、不安がじわじわと足元から湧き上がってくる。
ふと、そこにひとりの男の子が、こちらを見つめていることに気づいた。彼は私に気づくと、ゆっくりと背を向け走り出す。跳ねるように足が動いた。


『お願い、行かないで!』


最初はただ、不安からだった。けれど光の先に進んで深みに行く度、彼を追いかけなくてはいけないのだと強く思った。


行かないで。そう強く願うのに、男の子はどんどん遠くへと行ってしまう。距離は縮まるどころか影さえも踏めない。
必死に走って、走って、少しだけ近付いて見えてきたのは、ウサギ耳を生やした少年の後ろ姿。その姿は徐々に変わって、懐かしい男の子の姿になる。


彼は誰?あぁ、私は彼を追いかけなきゃ。伝えなきゃ。
だけど何を伝えるのか忘れてしまった。彼が誰かさえも覚えていない。伝えたい気持ちがあるのに、伝えたい気持ちが見つからない。
迷っている間に、彼の姿は現れた闇の先に消えてしまった。彼の身体が闇に呑まれていく度、悲鳴をあげたくなる。
寂しいと、行かないで、と叫びたくなる。


『行かないで』


何百回も繰り返してきた言葉のような、まるで心に刻まれているかのような叫び。
追い付けない。追い付けなかった。心を埋めるのは、後悔の念と悲しさや寂しさ。
私は彼の手を掴むことは出来ないし、この感情をどうすることも出来ない。


『お願い!待って、行かないで!』

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