桃色のアリス

女王様の視線の先を辿ると、柱の影から黒い服がふわりと現れた。 お城の大きな窓から吹く風に、黒いフードがなびいて揺れる。赤と黒を組み合わせた服。体付きを見ると、年上で男の人らしい。正体不明のその青年に、緊張で体が硬くなる。

「初めまして。アリス」

予想していたよりも優しく穏やかな声。黒いフードを被っているから素顔がわからないけれど、怖い人ではないみたい?

「は、はじめまして」

視線を再び女王様へ戻すと、女王様は真剣な顔で私を見ていた。心配そうに私を見つめる瞳は、いつもと雰囲気が違う。

「アリス。よく聞きなさい」

諭すように言われ、この調子だと絶対説教を受けると覚悟する。女王様の説教は長い。

「アリス、今日が“刻限”の日よ。時計を止める準備をなさい」

大きな窓から、薔薇の香りをのせた風が頬を撫でてくる。普段なら安心するハズなのに、今は何も感じられない。体が硬直したのが自分でもわかった。

私たち不思議の国の住人は、生まれた時に運命に名前を与えられる。数代目のウサギとして。数代目のアリスとして。そして、名前を持ったその時から、不思議の国のある使命を背負っている。

幾千年にも渡る黒き魔女の呪い。それは、不思議の国の世界の崩壊。何代ものアリスが界の崩壊を止めてきた。世界の崩壊は刻限の日を境に始まって、その知らせを聞いたアリスが時計を止める。

「本当に時計を止めるだけ、なんだよね」
「ええ、その時が来たのよ」

私は“十四代目”のアリス。 アリスの使命は、動き始めたウサギの持つ時計を止めること。

時計を持ったウサギが女王の城にやってきて、時計を止めてもらうように乞うそうだ。

それを止めるのが私の役目。ずっと目を逸らしてきたけれど、もう逸らすことはできない。チラリ、と客人の方を見る。急な客人がきた意味。

始まったんだ。世界の崩壊が――

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