悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「そうよ、私は過去にしか生きられない。ここから出ることさえ叶わないの。もう貴女と同じ時間は生きられない。けれど貴女には外の世界がある。ねえ、外の世界は楽しい?」

「私……」

「これでいいのよ。大丈夫、貴女は間違えなかった。私はここから貴女たちを見守っている」

 アレクシーネはドローナが何を企んでいたのか、知っているような口ぶりだ。けれどドローナはカルミアと出会い、料理を知った。その結果、自分に執着しなくなったドローナを正しいと言う。
 しかしドローナにとっては彼女を忘れ、見捨てたことと同じだ。
 躊躇いを見せるドローナにアレクシーネは微笑み続けている。

「……あのね。外の世界には、私の知らないものがたくさんあるって、カルミアが教えてくれたの。退屈する暇、ないみたい。貴女がいない世界でも、不思議ね。私、笑っていたわ」

 言葉にするとドローナの頬に涙が伝う。涙に濡れた微笑みは胸を締め付けられるようで、とても美しいものだった。

「ありがとう、カルミア。貴女のおかげで未来が変わった。貴女の未来も、この学園の未来も、きっと待ち受けるものは別の形」

「別の形……ってゲームの!? 没落は、ラクレット家も、学園は救われたんですか!?」

 アレクシーネにはどこまで見えているのだろう。心当たりがありすぎるカルミアは夢中で問い質していた。

「私にはね、これまである未来が見えていた。そこに現れる貴女はとても横暴で、ある少女をよくいじめていたけれど、あれはゲームというの? そして彼――」

 アレクシーネはリシャールを見つめる。

「貴方は学園を手中に収め、目的の為に手段を択ばず、人々を危険にさらそうとしていた」

 カルミアは唇を噛む。知らずリシャールを守るように構えていた。

「そう怖い顔をしないで。もうその未来は見えないもの。今の私に見えるものは何もない。きっとあの未来は変わったことで消えてしまった。だから未来は誰にも分からないのよ」

 力の強い魔女には未来を見通す力が宿るという。ゲームのアレクシーネにも未来が見えていたのだろう。だからこそドローナを止めてほしいと叫んでいたのだ。
 油断は出来ないが、カルミアを待ち受ける未来はひとまず明るいらしい。

「カルミア、本当にありがとう。どうか健やかに。貴女にしか作れない未来を紡いで。私はここから見ているから」

 アレクシーネの微笑みが遠ざかり、身体は透けていく。
 ドローナに未練はないのか、穏やかな表情で最後まで彼女の姿を目に焼き付けていた。
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