悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
「海にいるとこれでも足りないくらいですよ。ロクサーヌに戻ってようやく圏内といった感じです。便利なんだか不便なんだか」

 声が届く範囲には制限があり、離れれば離れるほど大きな力が必要となる。
 家の敷地内程度であればアクセサリー程の大きさに少量の魔力でカバー出来るが、遠く離れた屋敷まで届かせるとなれば純度が高く大な質量が求められる。船で陸から離れれば離れるほど、会話は困難になってしまうのだ。

 やがて父との会話を終えたカルミアは満足そうに微笑む。

「父から許可が下りました。アレクシーネの危機となれば、ラクレット家の人間としても、ロクサーヌの民としても放っておくことは出来ないと、父も同じ意見のようです。私でよければ協力させて下さい」

 それにしても運命とは不思議なものだとカルミアは思う。

(ここが私の生きる場所。この暮らしが終わる時、それはカルミア・ラクレットの人生が終わる時だと思っていたわ)

 けれど転機というものは信じられないほどあっさり訪れるらしい。

「心配はありませんよ、リシャールさん。私一人が抜けたところで揺らぐものではありません。この船も、信頼出来る部下たちが守ってくれますから」

 カルミアは改めて腹心の部下に頭を下げる。

「リデロ。私が留守の間、船をお願いね」

 真実を知る人間はこちら側にも必要だ。それは最も信頼出来る相手である事が望ましい。ならばカルミアにとってそれは副船長のリデロだ。
 リデロはカルミアが安心して旅立てるよう、任せてほしいと力強く頷いた。
 頼もしい態度のおかげでカルミアは安心して旅立つことが出来る。

 だからこそ、カルミアは安心して浮かれていた。それはもう、難攻不落の交渉相手を頷かせた時よりも浮かれていた。

(信じられない! 私がアレクシーネの生徒に。ロクサーヌ中の女子の憧れ、私もあの可愛い制服を着ることが出来るなんて!)

 すべてがカルミアから判断能力を奪い、ここからがすでに間違いの始まりだった。
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