悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました
 未来を知った以上、あとには引けない。
 目の前に迫った学園生活からも逃れるわけにはいかない。

(そうよ、これは立派な仕事。学園の危機も、ラクレット家の危機も、しっかり解決してみせる。調査の過程でちょっと制服に袖を通して、ちょっと学園生活も送らせてもらうけど!)

「リシャールさん。契約した以上、これは私の仕事なのです。今日からきちんと働かせて下さい」

 そう告げれば、カルミアの熱意に根負けしたのはリシャールだった。

「では何かあれば遠慮無く言ってくださいね。私はそろそろ戻らなくてはいけないのですが、一人で大丈夫ですか?」

「はい。お忙しいところすみません。ありがとうございました。あの、もしかしてずっと付いていてくれたんですか?」

「本日は救護室が閉鎖しておりまして。勝手ながら部屋まで運ばせていただいたのですが、病状もわかりませんでしたから。何かあればすぐに医者を手配しなければと思っていたところです」

(おかしい。おかしいわ! どうしてこんなに優しいの!? 怖い!!)

 ゲームでは主人公を虐める悪役令嬢と、主人公に試練を与えるラスボス。似ているようで接点のない二人である。
 しかしここでのカルミアとリシャールは雇い主と密偵。ただの密偵相手にもリシャールが優しさをみせるのは、初日から密偵を失うのが損失だから、だろうか。

「とにかく無事で何よりです。制服はそちらのクローゼットに用意させていただきましたので。食堂は一階の奥なのでわかりやすいとは思いますが、案内役に蝶を残しておきますね。大事がなかったことを向こうにも伝えておきましょう」

 リシャールが広げた手のひらから、二羽の黒い蝶が飛び立つ。一羽は窓をすり抜け外へ、もう一羽はカルミアの元へと残った。
 ロクサーヌでは自分の魔力に何らかの形を与え、案内役とする手法が用いられている。実際の生き物のように動きながら、目的を果たせば消えるという便利な魔法だ。
 中でも蝶の形は簡単な形状、移動手段、消費魔力の少なさから一般的となっている。ロクサーヌでは魔法の蝶が飛び回るという幻想的な光景が見られるだろう。

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「巻き込んだのは私ですから、これくらいのことは当然ですよ。ですが、私たちの関係は二人だけの秘密ということでお願い出来ますか?」

「もちろんです」
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