猫になんてなれないけれど
約束の日は、5月もまだ下旬にかかったばかりだけれど、夏といってもいいような、汗ばむくらいの陽気だった。

紫外線は気にはなるけど、晴れた空は気持ちいい。


(とりあえず、雨じゃないしよかったよね)


自宅から、最寄り駅である「星の山駅」まで徒歩10分。

白いリネン素材のブラウスに、デニムパンツの出で立ちは、10分歩くと結構汗ばむ。デニムはちょっと暑かったかな、と、少し後悔してしまう。


(10:55・・・まだ来てないかな?)


星の山駅の東口改札に到着すると、辺りをぐるっと見渡した。

約束の時間5分前。私は、迎えに来てくれる冨士原さんの車を探した。

冨士原さんなら、待ち合わせより早く来そうな予感がしていたのだけれど。


(・・・あ、いた)


予感的中。聞いていた車種の車は、ロータリーの端に停車していた。

小走りで、紺色のセダンに近づいた。フロントガラス越しに私に気づいた冨士原さんは、車内から、助手席のドアを開いてくれた。

「・・・こんにちは」

「こんにちは。どうぞ」

促され、会釈して冨士原さんの隣に座った。

無駄なものがない、清潔感のあるキレイな車内。私も車でよく聞いている、地元FMのラジオDJの声が流れてちょっと親近感がわく。


(なんか・・・デートみたい)


と、一瞬だけ思ったけれど、そんな甘い空気は流れてなかった。

私はそもそも彼女じゃないし、彼女手前の存在でもなく、猫カフェに連行される「反猫派の容疑者」という立場が一番しっくりくるかもしれない。


(・・・そんなわけで・・・なに話そうか・・・)


車が走り出して数分。ラジオの音が聞こえるだけで、会話という会話はまだしていない状態だった。

今は、患者さんと看護師というわけでもないし、婚活パーティ後のお酒が入った食事の席でもない状況。

スーツ姿しか見たことのなかった冨士原さんが、ざっくりとした白シャツに、ベージュのチノパン姿であることも、私を戸惑わせていた。


(・・・ちょっと新鮮な感じだな)


スーツの方がしっくりくる気はするけれど、今日の服も、なかなか似合う。

普段と違う印象で、少しドキッとしてしまう。

デートじゃないし、冨士原さんに特別な好意はないけれど、もっとかわいい服を着てくるべきだったかもしれない。

自分のカジュアルな服装を、私はまた、少しだけ後悔した。

「・・・申し訳ありません。今日は、強引にお誘いして」

冨士原さんの声がして、私は、右隣に視線を移した。冨士原さんは、無表情で前を見て運転している。
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