猫になんてなれないけれど
目の前に、冨士原さんの紺色のセダンが停車した。

そして、中から助手席のドアが開かれて、「どうぞ」と声をかけてくれた。

私は一度、冨士原さんに会釈をしてから、萌花に再度向き直る。

「じゃあ・・・萌花、またね。料理美味しかった。ごちそうさまでした」

「うん・・・。こちらこそ。美桜、本当に、色々どうもありがとう」

「・・・うん」

改めて、真面目な顔で萌花にお礼を言われると、なんだかとても、こそばゆい。

照れ隠ししたい思いもあって、私は、セミロングの髪を左右の耳にかけ直す。

そのまま車に乗ろうすると、萌花は、ちょんちょん、と私の腕を軽くつついた。

「美桜。さっきの約束も、ちゃんと、忘れないで実行してね」

「え」の形に口を開くと、萌花は意味深な瞳で微笑んだ。

そして、一歩前に進み出て、助手席のドアを大きく開き、運転席を覗き込む。

「冨士原さん、今回は、本当にどうもありがとうございました」

「ああ・・・、いえ」

「それで、また改めてお礼を・・・と思うんですが、私、お店もあるのでなかなか時間が取れなくて。お礼は、美桜を通してさせてください」

そう言うと、萌花は「はい、乗って乗って」と言いながら、私をぐいぐいと助手席の位置に座らせた。

そして、反論は受け付けませんといった様子で、私の手に封筒を握らせてバタンとドアを閉めてしまった。

「!?」


『がんばって』


と、笑顔の萌花は、口パクでそう私に言った。

呆然と、車窓越しに萌花を眺める。


(『がんばって』って・・・いや、確かに、がんばるつもりだったけど、結構強引な展開じゃ・・・)


その時、プップー!というクラクションの音がして、振り向くと、いつの間にか後続車がすぐ近くにきていた。

冨士原さんは、「出しますね」と言って萌花に軽く会釈をすると、車をゆっくり発進させた。

笑顔の萌花が、徐々に遠くなっていく。
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