王妃様の毒見係でしたが、王太子妃になっちゃいました

「濡れますよ、ザック様」

「別にいい。怪我はしてないのか? 一体何が」

「か、風に乗って、ザック様のにおいがしたんです。それで戻ろうとしたときに滑って……」

川に足がハマったというわけだ。聞けば大した理由でもなく、ザックの体からは一気に力が抜ける。

「本当にザック様ですよね。ちゃんと顔を見せてください。行方不明って言われたかと思えば記憶喪失って言われたり……」

「こうしてピンピンしているし、頭はしっかりしているぞ」

「よかった……」

ロザリーの丸い瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。顔を真っ赤にしながら、腕を伸ばしてザックの頬を撫でる。ほっとしたように顔全体で笑われて、ザックは今すぐにでも理性など吹き飛ばしたかった。

が、さすがにそれをしなかったのは、実母と実父の目があるからだ。
自身の靴もびちょびちょにはなったが、彼女の浅瀬から引き揚げ、近くの石に座らせる。

「母上も……よくご無事で」

「アイザック……良かった」

軽く抱き合って再会を喜んでいるうちにナサニエルが追い付いてくる。

「あなた」

「無事だったんだな、カイラ。良かった」

「……どうしてアイザックとあなたが一緒に? アイザックはどこにいたんです?」

「それは……カイラ、あのな」

「そういえばあなたはずっと落ち着いてらしたけれど、まさかアイザックの無事を最初から知っていたわけではありませんわね?」

ナサニエルがどんどん言葉少なくなってくる。
普段人を糾弾することのないカイラの、こうした姿も珍しいが、叱られるナサニエルの姿もザックには相当物珍しいものだ。

「……どうしていつもそうなんです? 相談もできないほど私は頼りないんですか」

ついにカイラが涙をこぼし、ナサニエルは適当な言葉を見つけられず、抱きしめることで彼女の反論を封印した。

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