ボードウォークの恋人たち
「さあ、あなたたちも病棟に戻って。午後のショートミーティングがあるのを忘れたの?」

浜さんが呆然としている私としかめっ面で何か言いたげな顔をした望海さんの背中を押してきた。

「水ちゃん行こうか」
望海さんに手を取られたけれど、もはや私には返事をする気力もない。

女医の方はと言うと、思い切り浜さんを睨みつけながら舌打ちをすると持っていたペットボトルを苛立ちと共に壁に向かって思い切り投げつけていた。

さすがに他人に向けて投げなかったくらいの常識はあったらしい。

思ったより軽い音だったのは中身が入っていなかったからだろうけど、そんな態度は大人としていただけない。
思い切りカツカツとハイヒールの音を響かせながら肩を怒らせてカフェを出て行く女王の後ろ姿を呆然と見送った。

「激しいっていうか個性的かつ恐ろしく常識に欠けた人ね」
浜さんが呆れたように呟き、望海さんは「何なのあの女」と女医の出て行った方向に向かってべぇっと舌を出した。

まるで竜巻に巻き込まれたみたい。
後に残った私はぼろぼろだ。

「でも、午前の仕事が大幅にずれ込んでたせいで他の人たちとあなた達の昼休みの時間が被ってなくてよかったわ」

浜さんは周囲の目を気にしてくれていた。
こんな話を他病棟のスタッフの前でされたらあっという間に院内全部に広がってしまうだろう。他人の不幸は蜜の味と言うし。
良くも悪くもハルは注目の的だし、私はグループの娘ってことで有名人だし。

「あんな女の言うことなんか信じちゃダメだよ」

浜さんの言う通り幸いカフェにはもう職員の姿はなかった。見られたとしたらカフェのスタッフだと思うけど、話の内容までは聞こえなかっただろう。
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