ボードウォークの恋人たち
早朝に目覚め、よろよろとバスルームに向かいシャワーを浴びる。
こんな状況じゃなかったらどんなに良かっただろう、五つ星ホテルのツインルーム。
例のアメニティーも噂通り。香りも使い心地も最高だったけれど、どうしても気持ちが盛り上がるはずもなく鏡に映る私の顔は亡霊のよう。

大江さんは私に一週間という時間を与えてくれた。
一週間ここに泊まってもいいし、別の、たとえば友人宅や実家などに移動してもいい。新しいアパートの部屋が見つかったのならそちらに。だけど、別のホテルに泊まるのならここを使うようにと言われたのだ。

「ごめんね、8日後にその部屋がお気に入りっていうイギリス人の友人夫婦に貸す予定をしていて」と申し訳なさそうに言ってくれたけれど、それこそとんでもない。

一週間も私に居場所を与えてくれたのだ。もう感謝しかない。
アパートを探すか詩音のアトリエに居候、もし出来なかったらウイークリーマンションでも探せばいいのだ。とにかく一週間ある、気合入れて行こう。

亡霊のような恐ろしいすっぴん顔に化粧水をたたき込んでいく。
時間をかけてコンシーラーのお世話になりメイクをしたらましな顔色になったと思う。
とりあえずハルのことは考えない。
スマホの電源は切ったまま。

ハルは今日から学会だ。会期は三日間、演者であると同時に主催大学の医局員なのだから相当な忙しさだろう。私のことなど構う時間などないはず。電話さえオフにしておけば大丈夫だ。
仕事だけはきちんとしよう。

あとのことはそれからだ。
両手で頬をパンっと叩いてホテルを出た。
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