ボードウォークの恋人たち
身近でそんな危ない事件があったなんて。私が目を見開いたまま固まっていると
「もう犯罪が自分から遠い話じゃないと思わないか?」
ハルは動揺する私を気遣うようにいつもより優しく落ち着いた声で問うてきた。

もし、侵入されていたのが私の部屋だったら…出会っていたのが私だったら…。

ゾッとする。

確かにそんなことを知ってしまえばあの部屋に戻るのは怖い。

一人暮らしのあの安いアパートの部屋は確かにセキュリティ的によろしくなかった。
西向きの洗面所の窓を開けると、隣の建物が意外に近くて思い切りジャンプしたら届いてしまうんじゃないかと実際はあり得ない想像をしてしまうこともあった。
もう一晩だって無理。

母やハルの言う通りだ。契約が残っていたとしてももうあそこには住めない。急いで新しい部屋を探すしかないだろう。

とりあえず今夜はホテル、かな。

兄のマンション・・・はダメ。兄と一緒に暮らす兄の彼女に迷惑がかかる。
トモダチのところに・・・もダメだろうな。何と言っても不規則な勤務をしている私が転がり込んだら生活リズムが乱れて絶対に相手に迷惑がかかる。

不意に、震える私の右手が大きな温かい手に包まれた。いつの間にかそばにいたハルの手が重なっていた。

「水音はここに居ればいいんだ。ここは部屋もたくさんあるし、何時に出入りしても気にすることはない。水音の勤務先も近いし、セキュリティも万全。おまけにもうここに水音の荷物は運んである。これだけいい条件が揃ってるんだからここに居たらいいと思わないか?」

ハル大魔王がたたみかけてくる。

「両親は海外に行っていて実家には誰もいない。実兄は彼女と同棲を始めたばかりで転がり込めない」

確かに、次の住まいが見つかるか、両親が帰国するまではここに居た方が良いんじゃないだろうかという気持ちになってくる。
とりあえず今夜だけでも。
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