Sweetな彼、Bitterな彼女
慌てて紙袋を拾い上げた「ミカ」は、申し訳なさそうな顔をしながら、慣れた様子で廊下から直接キッチンへ入れる扉を開ける。
とりあえずリビングへ入ると、男女二名ずつ、計四名が思い思いの恰好でくつろいでいた。
「あれ……もしかして……?」
床に転がっていた男性が、わたしを見上げてガバッと起き上がる。
「スーツ姿って、そそるなぁ……年上のイイ女なんて、蒼のやつにはもったいないよ」
ローテーブルがワインの瓶やビール缶で埋まっているからか、ダイニングテーブルで器用にトランプの家を作っていた男性が振り返り、にやりと笑う。
ミカ同様、カフェで見た気がする。
「え、うそっ! 蒼の彼女っ!? ちょっと、起きなさいって!」
ソファーで画集を眺めていた女性が、傍でうずくまっていた女性を叩き起こす。
「うわ……本当に、お姉さまだ。蒼の妄想かと思ってた」
こちらの二人は、初対面だ。
「紅さぁん……俺、ずっと紅さんに会いたかったんです」
「そ、そう?」
床に転がっていた男性が、ふらふらしながら立ち上がり、いきなりわたしの手を握った。
こちらも、まちがいなく初対面。
「俺、緑川 竜です。蒼とは幼稚園の年少組の頃からの付き合いなのに、あいつってば紅さんのことずうっと黙ってて……」
大きな目を潤ませて訴える緑川くんは、どことなく子犬を思わせる。
手を握られていても不思議と嫌悪感が湧かないのは、下心をまったく感じないからだろうか。
「今夜こそは会うぞっ! て思って待ってたんです。でも、目的達成したんで、俺たち帰りますね? だって、邪魔ですもんね」
「邪魔だなんて、そんなことは……」
本音で言えば、邪魔だ。
久しぶりに二人きりで過ごせるはずだったのだ。
いますぐ帰ってほしい。
でも、いい大人がまさかそんなことは言えまい……。
「ほんとうですかあ? でも、俺……蒼に殺されそうな気がします」
「そのとおりだよ、竜。いますぐ、紅の手を放せ。ベランダから突き落とすぞ」
「あ、蒼っ!?」
いきなり背後から抱きしめられ、驚きのあまり手にしていた鞄を床へ落としてしまう。
「ひっ! いてっ」
バッと飛び退いた緑川くんは、ソファーにつまずいて再び床に転がった。
「紅……ごめん、邪魔者がいっぱいいて。こいつら、大学の同期なんだけど、どうしても紅に会いたいって居座って……もう帰らせるから」
わたしの肩に額を載せた蒼は、ろくに髪も拭わずに出て来たらしく、ポタポタ落ちる水滴が床に染みを作っていく。
「みんな、蒼の誕生日をお祝いしに来てくれたんでしょ? わたしも、蒼の友だちと話してみたかったの。せっかくだから、一緒にお祝いさせて」
この状況で、彼らに「帰ってほしい」と言うのは、あまりにも大人げない。
「……紅がそう言うなら」
蒼は、ひどく不満そうではあったが、頷いた。
「蒼! 紅さんが買ってきてくれたケーキ、切るわね? あ、ピザも頼んでおく?」
キッチンでガトーショコラを切り分けながら訊ねるミカに、蒼が頷く。
「ん」
「いつものでいいわよね?」
「うん」
スマホでピザを注文する彼女は、淀むことなくここの住所を告げた。
食器やカトラリーも、迷うことなく棚や引き出しから取り出す。
どこに何があるのか、すっかり把握している。
何度もこの部屋へ来ているのは、あきらかだ。