"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
「………ま、おいおい慣れてもらうとするか」
苦笑しつつ、頬に触れた手を離す。
その瞬間、酒井はギュッと目をつぶって俺の胸ぐらを掴んで押した。
あ、と言う間もなくバランスを崩して倒れ込み、俺の上に酒井が乗っかった。
押し倒された、と言うべきか。
とにかく、唇の端に酒井の唇がぶつかっている。
勢いよくぶつけられたものだから、頭も床にぶつかって俺の頭の中は今「いてぇ」が大半で、残りの思考が「これはキスに入るのか?」ということだった。
離れた拍子に「下手くそ」と言うつもりでいたが、酒井が顔を真っ赤にして、今にも泣きそうだったから言えなかった。
ただ、その泣き顔に妙に心がグラッと揺れ、キスを仕返した。
ゆっくり体を起こし、俺の上に乗っかったままの酒井の首に手を添えて何度か触れるだけのキスをした。
「お、おいおいって言ったのに!」
「仕掛けて来たのはお前だろ」
「そうだけど!」
まだ抗議の声を上げようとする口を再度塞ぎ、下唇を少しだけ軽く噛むと酒井は目を見開いた。
揶揄うのはこれが限界だろうと悟り、ゆっくり顔を離した。
これ以上のことは今日は何もしないつもりだし理性もちゃんと勝っているが、部屋という閉鎖空間に二人きりというのはどんな誘惑があるか分かったもんじゃない。
映画はほとんど見ないままで、いつの間にか中盤まで来ているし映画も今更だ。
空気を変えなければと「庭の手入れ手伝ってよ」と俺の上に乗っていた酒井を下ろし、軍手を取りに行った。