"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
そこには俺のように一人で黙々とパソコンや課題に向き合っていたり、読書していたりする人や、友人同士、恋人同士で会話している人達もいる。
空いていたのはカウンターテーブルで、ぴったりと寄り添ったカップルの隣だった。
試験期間でも学部や学年が違えば試験科目が一つもない場合もある。俺も今回はレポートのみだ。
隣のカップルの側には旅行雑誌やガイドブックが山積みになっていた。しかし、結局見るのはスマホやパソコンの画面でガイドブック達は気持ち程度のもの。
「河原町で浴衣着て八坂庚申堂で写真撮ろ!」
彼女の方がウキウキと写真を見せ、彼氏は「いいじゃん」とメモに書き足す。
河原町ということは京都。
京都に行ったのは高校の修学旅行以来で、八坂庚申堂には一度も行ったことはない。
けれど、大学に入ってから八坂庚申堂の名をよく見聞きするようになった。
なぜなら、そこにはくくり猿というカラフルな布のお守りがあって、それが写真映えして良いからと京都に行った大学生のSNSの写真投稿は浴衣や着物を着てそこで撮った写真が多い。
実際、それらの写真は色鮮やかで目を引き、私服よりも浴衣等の方が断然背景にマッチしている。
そういえばくくり猿ってなんだろう。
ふと、疑問が湧き、レポートそっちのけでくくり猿を検索エンジンにかけた。
どうやら、願いを叶える道筋の中で欲望が湧き、それが心を乱してしまう。そうならないようにくくり猿に願いを込め、欲望を一つ我慢することができれば込めた願いが叶うということだった。
へー、と思いながら気付いた。
酒井と夏の予定を何一つ決めていない。
夏休みは大学と高校の友人それぞれと旅行に行き、お遊び目的のサークルの合宿もある。
バイトももうシフトが出ている。
旅行には流石に行けないが、前に千葉崎が言ったように少し遠出するくらいならいけると思う。
あーーークソだ。
普通はバイトのシフトを入れる前に聞いたり、もっと前に話したりするだろう。
暇な時に連絡して会えたら会おうという感じはまだ友達感覚がこびりついている証拠だ。
酒井は何も言わなかったが、それで良いはずはない。