"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる

重苦しい雰囲気の真っ黒なスーツにハッとした。

一筋の光が見えたような気がして唾を飲み込んだ。

半分正解で半分間違い。

その半分は恩師が間違いで正解は奥さんと子供。
それならば二人は……。

「亡くなってるんですか?」

彼女はゆっくりと頷いた。

バタバタと音がして、ついその方向に目を向けると物干し竿に掛かったウエットスーツが風に靡いていた。

そういえば今朝、大洋は海に出ていた。

お墓参りに行くのに朝から海に行っていたのか?

俺の視線に気づいた琴音は悲しげに目を伏せた。

「今日は二人の命日で、幸せだったことも悲しいことも全部思い出しちゃうんじゃないかな。だから無心になろうとしてたんだと思う」

仕事が忙しいのに今日だけは絶対に休みを取って朝から海に行って、昼過ぎにお墓参りに行くっていうのが毎年のことらしい。

去年も、その前の年も、ずっと。

大洋は大事な人を二人も亡くしているというのに不謹慎だが、花束の相手がキャリアウーマンめいたあの女性でないことも、今現在の妻が琴音であるということにも安堵して小さく息を吐き出した。

お人好しなほど優しい彼女が略奪者ではなく、大洋が浮気をしているわけでもなく、相沢夫妻の関係が歪なものでないことにホッとした。

漸く、かける言葉が見つかった。


「今は、相沢さん……あー、」

「ふふっ、そういえばどっちも相沢だから区別しにくいよね。私のことは琴音でいいよ」

察してくれた彼女に「すみません」といいつつ、これを機にどちらも名前で呼ぼうと決めた。妻の方だけ名前で呼ぶのは気が引けた。

「例え、今も前の奥さんや子供さんを大事に思っていたって、琴音さんのことを大洋さんはとても大事にしてるのが他人の俺でも分かります。だから花言葉なんて気にしなくてもいいんじゃないでしょうか。今の奥さんは琴音さんなんだし」

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