"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
パチパチと何度か瞬きをして、「奥さんか〜」と笑う。何故彼女が笑ったのか分からず、首を傾げると今度はニヤリと笑った。
「東京から追っかけて来て、肩の傷の責任を取ってって脅してたとしても?」
「本当に脅したんですか」
「脅したよ〜」
あれは冗談ではなかったらしい。
そんなことをしそうにないのに、というのは俺が彼女を知らなさすぎるのかも知れない。
さっきホッとしたばかりなのに、心臓がまた嫌な音を立てた。
「琴音さん、なんだか今日はおしゃべりですね。いつもはこんなこと言わないでしょ?」
いつもの彼女ならなんだかんだのらりくらりとはぐらかしていたはずだ。それが今日は瓦解し、さっきからポロポロと溢してばかりいる。
「そうだね。今日はなんだかおかしいよね。日に当たりすぎたかな」
彼女の顔は確かに日に当たって真っ赤になっていたけれど、今日という日に気が気じゃなくなるのは無理もない。
現在の妻からすれば複雑な心境だろう。
「琴音さんがいいならいいんですけど。本当は話したくないことだったらって」
言ってからふと、よくはないかもしれないと思い直す。
さっき俺は知りたくないと思った。
もしも、大洋と琴音が一般的に良くない関係だったらどうしたらいいかわからなかった。
だって俺はこの夫妻がいい人たちだと知っている。
それなのに世間的には受け入れられない関係だったとしたら、と思うと怖かった。
結果的にそうじゃなかったから良かったものの、喉に骨が刺さった時のようにイガイガしてなかなか取れないような嫌な感覚がする。
何かが引っかかっているのに、それが分からない。
けれど、これが一種の警告ではないかと思う。
知ってはいけないことがあったりするんじゃないか、と。
そうだとしたら警告めいたそれに従うべきだ。