溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を




 キラキラと光る白い輝きを見て、風香は左手の薬指にあるダイヤモンドのようだなと思い、光に重ねるように左手を伸ばした。
 月の光を浴びて、神秘的に輝くダイヤモンドは何故か悲しげに見えてしまう。


 「………柊は、もう私の事好きじゃなくなった?もし、それでもいいから………生きていてほしいよ」


 その言葉は震えたものになった。
 生きていて欲しいし、また笑っていて欲しい。それが叶うのならば、自分の傍に居なくてもいい。だから、柊が生きている事を願う。

 だが、本心では違う。
 もちろん生きていて欲しい。
 けれど、自分の事を好きでいて欲しいし、また抱きしめてキスをして、「風香」と優しく名前を呼んで欲しい。
 それが風香の1番の願いだった。

 これだけではなく、掲げていた腕も震え始める。全身が泣いたことにより震えているのだ。風香は、いつもと同じようにまた泣いてしまう。こんなところに来て気分転換など出来るはずもない。わかっていたはずなのに、来てしまったのは、過去の彼の影にさえすがりたかったからかもしれない。
 風香はその後もしばらくの間泣き続けた。

 





 ようやく落ち着いてきた頃、少し空腹を感じたので、風香は最上階にたるバーに行く事にした。
 部屋で化粧を直したけれど、目の赤みはすぐに治らなかった。けれど、旅先では知り合いに会うこともないからいいか……と、気にしないでエレベーターの最上階のボタンを押した。

 平日の深夜で、しかも旅行で訪れる客が大半のホテルのため、そこまで客の数も多くなかった。
 風香は、海の見える窓際の背の高い椅子に座った。強めのカクテルをおまかせ頼み、それとプラスして簡単なフードを注文した後、風香は何も考えずに呆然と海の光を眺めていた。
ここでは何も考えないようにと部屋にスマホも婚約指輪も置いてきた。この2つは手放さずに持っている事が多かったので、少し落ち着かない気持ちにもなったけれど、今日はそれでいいのだと言い聞かせた。



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