溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を
店員を呼び、チェックをお願いしようとした時だった。
カウンターに座っていた男性が先にテーブルチェックを済ませている所だった。その後にお願いしよう、と思い視線を外そうとした。けれど、風香はその男性に釘付けになった。
後ろ姿、そして横顔、スーツ姿に雰囲気、その全てが風香の探している愛しい人と似ていたのだ。
「え………柊……」
風香が立ち上がろうとすると、「お待たせしました」と、別のスタッフがチェックをしに風香の元へとやって来た。風香は財布からお札を何枚か出し、「これでお願いします。お釣りはチップで大丈夫です」と素早く支払いをすませて、バーから出ていこうとする男性を足早く追いかけた。
人違いかもしれない。
けど、あの横顔を見間違えるわけはないのだ。何度も見て、大好きだった彼なのだから。
酔いすぎた足元はフラフラしてしまい、走れないのが辛い。けれど、ヒールの靴で男の後ろ姿を追いかけた。
男性はエレベーターが来るのを待っているようだった。
「柊っ!!」
「…………ぇ………」
彼の名前を呼ぶと、その男性はこちらに視線を向けた。
少し驚いた表情の男性の顔は、探していた柊そのものだった。
風香は彼の顔を見た瞬間、涙が込み上げてきて、思わず泣いてしまいそうになった。
あぁ、やっと会えたのだ。聞きたいことは沢山ある。けれど、今は彼を抱きしめて、生きていた事を確かめ実感したかった。
彼に向けて手を伸ばそうとした時だった。
「初めまして、ですよね?そんなに誰かと似てますか?」
柊のそのものの声で言われた言葉は、風香にとって残酷なものだった。