溺愛婚約者と秘密の約束と甘い媚薬を




 彼の大きくゴツゴツとした手は、風香の手を優しく包んでくれる。
 手を繋いで歩くなんて、当たり前の事だったけれど、今はそれがとても幸せで大切な瞬間になっていた。
 他愛もない話をしながら、街中を歩く。5月の過ごしやすい日々に、人々の表情も晴れやかだった。


 「あれ?風香?」
 「え?………あ、美鈴!」


 街で声を掛けて来たのは、風香の友人である美鈴だった。綺麗な黒髪を胸まで伸ばしており、背が高くスレンダーな体型の美鈴は、モデルのようだった。タイトなニットワンピースを着こなしながら、笑顔でこちらに駆けてきた。


 「偶然だね、風香。それに、柊さんもお久しぶりです」


 美鈴は、柊に挨拶をしながら小さく頭を下げた。けれど、柊は不思議そうな表情で美鈴を見ていた。


 「………ごめんなさい。俺どこかで会ったことあったかな?美鈴さん……?風香ちゃんのお友達なのかな?」


 風香と美鈴は、柊の言葉に驚いてしまった。
 風香の事を忘れているという事は、友人である美鈴の事も忘れてしまっている事なのだ。


 風香はその時に事の重大さを改めて感じたのだった。






 
 

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