那須大八郎~椎葉の『鶴富姫伝説』~
 美砂が源義経と初めて会ったのは源平合戦の最中だ。奥州平泉から鎌倉へとやってきた義経一行の身の回りの世話をする者が欲しいと北条政子からの依頼があり、風間谷の若い兄妹(きょうだい)が鎌倉に来た。
 兄妹の父親は風間谷の(おさ)の大鷲だ。 住民は通常農耕と林業で生計を立てているが北条家の〈草の者〉でもあった。大鷲は兄の飛鳶(とび)と妹の美砂に義経の秘術を学ばせようと鎌倉に行かせたのだった。

 飛鳶の仕事は武具の手入れを始めとして道案内と生活品の調達であり、美砂の食事の支度と衣類の繕いだった。そして美砂は毎晩義経の元に通った。美砂が義経の御子を授かれば父の大鷲も母も大喜びのはずだ。だが美砂は母親に似た体質なのかなかなか子を授かれない。父と母の間には兄と自分の二人しか子供がいないのだ。父の弟であり二番長(にばん)を務める叔父の犬鷲は十人以上の子沢山で兄弟が多くて羨ましかった。

 飛鳶と美砂はその後も義経一行と行動を共にした。
 そんなある日、静御前が義経に会いにやってきた。今日、美砂が義経と会えるのは食事を運ぶ時と組み打ちの稽古の時だけだ。
 美砂に熱心に組み打ちを教える義経を静が眺めていた。美砂は義経が静に視線をむけた瞬間に前蹴りを放った。いつもなら腰を捻りさりげなく交わす義経だが今回は股間に入った。前のめりになった義経の左顎に美砂は更に右肘打ちを入れた。義経は顎を押さえ地面に転がった。静が真っ先に駆けつけ、弁慶他数名の従者(ずさ)も義経の元へと駆け寄っては口々に〈殿、大丈夫ですか。〉と声をかける。
 静は美砂を睨んで言った。
「あなた随分強いのね。もう教わらなくても宜しいのでは。」
 義経は左の奥歯が折れていた。

 その夜、美砂は兄の横でただただ泣いた。
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