16歳、きみと一生に一度の恋をする。
べつに私に聞かなくても、可愛いハンカチを貸してくれる人ならたくさんいるはずなのに、彼は自分のクラスに帰ろうとはしない。
また沈黙が続く。どうしたらいいのかわからなくて、不自然に机に出しているノートを広げてみる。早くどこかに行ってほしい。
そんな願いも虚しく、彼は話を続けてきた。
「お前、今井汐里だろ」
「……え?」
まさか名前を認識されているとは思わなくて、ふいに視線を重ねてしまった。
かげりのない綺麗な瞳。不覚にも宝石のようだと思った。
彼がなにかを言いかけた瞬間に、廊下から足音とともに、わらわらと声がしてきた。どうやら野次馬にいった人たちが戻ってきたようだ。
「次はハンカチ貸せよ」
「え、あ……」
彼はそのまま教室から出ていった。入れ替わるようにして入ってきたクラスメイトは口を揃えて彼の話をしている。
「やっぱり藤枝ってつえーよな」
「喧嘩、見たかったなー」
てっきり喧嘩の最中に逃げてきたのだと思いきや、みんなが駆けつけた時にはすでに三人の先輩が廊下に倒れていたそうだ。
男子は強い彼に憧れているようで、女子はそんな彼と仲良くなりたいと口を揃えていた。
私は再び、机に顔を伏せる。
興味がないことに変わりはないけれど、どうして彼は私の名前を知っていたんだろうと考えた。
同級生の名前を覚えておこうというタイプじゃないだろうし、クラスメイトたちだって、私の名字は知っていても、名前を答えられない人はひとりやふたりいると思う。
……ホワイトムスクの香りが、まだ鼻に残っている。
たとえなにかの理由で彼が私のことを知っていたんだとしても関係ないと、チャイムが鳴るまで目をつぶっていた。