恋人のフリはもう嫌です

 出社してすぐ、大あくびをしている私に吉岡さんが楽しそうに突っ込んだ。

「ずいぶん眠そうね」

「昨日、眠れなくて」

 大あくびの理由を正直に言うと、吉岡さんはエスパー並みの発言をする。

「彼と喧嘩でもした?」

「喧嘩は、していません」

 喧嘩なんてできる間柄じゃない。

 私が懸命にパンチを繰り出すのに、彼に頭を押さえられ、彼には1ミリもかすりもしないコメディタッチの映像が浮かび、力なく笑う。

「今日も彼と出張でしょう? たまにはヘルプデスクまで、藤井ちゃんが迎えに行ったら」

 戸田設備の他にも二社回り、今日は残りの一社だ。

 吉岡さんに勧められるまま、エレベーターに向かった。
 言われてみれば、情報システム課に足を運ぶ機会はない。

 彼が、彼の職場で仕事をしている姿を見られたら。
 浮ついた思いは、この後、後悔する羽目になる。
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