恋人のフリはもう嫌です
「千穂ちゃん。俺、名案が思い浮かんだよ」
スッと目を細めた彼に嫌な予感がして、「いいえ結構です」と先走って答えてしまいたくなる。
けれど答える前に、彼はあり得ない提案を示した。
「俺の恋人のフリをしてよ」
「はい?」
彼は自身の顔の前で指を組んで、その指先を鼻に当てながら前を向いたまま話す。
彼の美しい横顔が、理解不能な考えをつらつらと淀みなく言い連ねる。
「いい加減、疲れるんだよね。今みたいなの」
「はあ。大変そうですね」
座敷で大勢の女性に囲まれ、そこからこちらに逃げてきたのか、その点は不明だけれど、場所を移しても追いかけられる。
俺、モテてモテて困っちゃってさ。
とでも言いたげな訴えは、モテない私には皮肉にさえ聞こえる。
それがどうしても声に乗って、彼に伝わた。
「さっきから冷たいよね。千穂ちゃん」
「千穂ちゃんって呼ばないでください。藤井です。藤井」
名字を強調しているのに「じゃ千穂で」と、空気を読まない発言をする。
モテて生きてきて、誰にでもそういう態度を取れば落とせるなんて思わないでほしい。
返事をせずに黙っていると、彼は言った。