恋人のフリはもう嫌です

「千穂ちゃん。俺、名案が思い浮かんだよ」

 スッと目を細めた彼に嫌な予感がして、「いいえ結構です」と先走って答えてしまいたくなる。
 けれど答える前に、彼はあり得ない提案を示した。

「俺の恋人のフリをしてよ」

「はい?」

 彼は自身の顔の前で指を組んで、その指先を鼻に当てながら前を向いたまま話す。
 彼の美しい横顔が、理解不能な考えをつらつらと淀みなく言い連ねる。

「いい加減、疲れるんだよね。今みたいなの」

「はあ。大変そうですね」

 座敷で大勢の女性に囲まれ、そこからこちらに逃げてきたのか、その点は不明だけれど、場所を移しても追いかけられる。

 俺、モテてモテて困っちゃってさ。
 とでも言いたげな訴えは、モテない私には皮肉にさえ聞こえる。

 それがどうしても声に乗って、彼に伝わた。

「さっきから冷たいよね。千穂ちゃん」

「千穂ちゃんって呼ばないでください。藤井です。藤井」

 名字を強調しているのに「じゃ千穂で」と、空気を読まない発言をする。
 モテて生きてきて、誰にでもそういう態度を取れば落とせるなんて思わないでほしい。

 返事をせずに黙っていると、彼は言った。
< 17 / 228 >

この作品をシェア

pagetop