恋人のフリはもう嫌です

「ハハ。恐いなあ。睨まないでよ」

 軽い彼の返答に、ため息をつく。
 彼は構わず私に質問を向けた。

「ね。千穂ちゃんは作らないの? 彼氏」

「あの。どうして私の名前」

 怪訝な顔をしていたようで、また笑われた。

「ああ。悪い。健太郎から聞いていて。あいつが呼ぶままに」

 なるほどと合点がいって、最初に感じた疑問を口にした。

「健太郎さんと、お知り合いなんですか」

「まあ、腐れ縁みたいなものかな」

 僅かに穏やかな顔に変わったところが垣間見え、健太郎さんとの仲の良さが窺えた。

 健太郎さんは、森 健太郎 (もり けんたろう)。
 総務課の主任で、私の上司だ。

 健太郎さんは、父の甥っ子で小さい頃から知っている。
 私とは、いとこになる。

 実はキタガワ製作所に入社するにあたり、健太郎さんに口を聞いてもらっている。

 なにを隠そう父が過保護で、健太郎さんが勤めている会社なら大丈夫だろうと、就職先を決められたのだ。

 私自身、キタガワ製作所以上に魅力ある企業からは内定がもらえず、ありがたく口を聞いてもらった。

 健太郎さんは私にとって優しいお兄ちゃんみたいな人で、私も健太郎さんと同じ職場なのは心強かった。
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