恋人のフリはもう嫌です

「実は、私ここに片想いの彼がいたんです」

「え」

 透哉さんが目を丸くしているの見て、焦ればいいんだと、少し意地悪な気持ちが芽生え敢えて正体を明かさずに話す。

「ずっと憧れていて」

 突然、透哉さんに腕を掴まれ、肩を揺らす。

「今は? もうその人に会っても、なにも思わないわけ?」

「名前も知らなかったけれど、今も大好きですよ。ううん。今の方がずっと」

 掴まれている手に力が入って「痛いですよ」と訴えても、彼は離してくれない。

「帰ろう」

「あ、あの。待って」

「待てない」

 彼は来た道を戻ろうとするものだから、慌てて種明かしをする。

「その人が透哉さんだったんです」

「は」

 歩みを止めた彼が、まじまじと私を見つめる。

「本当に。知らなかったんです。会社で噂の西山さんが、私の憧れの人だったなんて」

 改めて話すと、急に恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じて下を向く。

「あらあら。どうしたの」

 優しい声がして、顔を上げると祖母が近くに立っていた。
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