恋人のフリはもう嫌です

西山透哉side

 雅子さんは俺たちを見て、優しい微笑みを浮かべている。

 ここに入所している雅子さんは、穏やかではあるものの、何度会っても俺の名前を覚えられないくらい認知症が進んでいる。

「おばあちゃん。いいの? 出歩いて」

「いいのよ。お兄さんがいるもの」

 にっこりと微笑む雅子さんに和やかになるものの、千穂ちゃんは「念のため確認してきます」と俺に耳打ちをして、事務所の方に歩いていった。

「お兄さん。なんだか今日はとても穏やかね」

 雅子さんに指摘され、俺も頬を緩ませて応えた。

「ええ。雅子さんが言っていた通りです。とても素敵なお孫さんですね」

「そうでしょう。自慢の孫だもの」

 いつも話してくれた、優しくておばあちゃん思いのかわいいお孫さん。
「お兄さんにお勧めなのよ」と勧められていた人物が、まさか千穂ちゃんだったとは。

 どこまでわかっているのか、いや、全てお見通しなのかもしれない。

「いつか結婚する時は、見に来てくださいね」

「ええ。そうねえ。長生きしなくちゃね」

 雅子さんは目尻を下げて笑った。
 それは千穂ちゃんによく似た、かわいい微笑み。

「ひ孫も見られるかしらね」

 ふふふっとはにかむ雅子さんに、俺は自分の願望も織り交ぜて伝えた。

「ええ。いつか。きっと」

< 225 / 228 >

この作品をシェア

pagetop