恋人のフリはもう嫌です
西山透哉side
雅子さんは俺たちを見て、優しい微笑みを浮かべている。
ここに入所している雅子さんは、穏やかではあるものの、何度会っても俺の名前を覚えられないくらい認知症が進んでいる。
「おばあちゃん。いいの? 出歩いて」
「いいのよ。お兄さんがいるもの」
にっこりと微笑む雅子さんに和やかになるものの、千穂ちゃんは「念のため確認してきます」と俺に耳打ちをして、事務所の方に歩いていった。
「お兄さん。なんだか今日はとても穏やかね」
雅子さんに指摘され、俺も頬を緩ませて応えた。
「ええ。雅子さんが言っていた通りです。とても素敵なお孫さんですね」
「そうでしょう。自慢の孫だもの」
いつも話してくれた、優しくておばあちゃん思いのかわいいお孫さん。
「お兄さんにお勧めなのよ」と勧められていた人物が、まさか千穂ちゃんだったとは。
どこまでわかっているのか、いや、全てお見通しなのかもしれない。
「いつか結婚する時は、見に来てくださいね」
「ええ。そうねえ。長生きしなくちゃね」
雅子さんは目尻を下げて笑った。
それは千穂ちゃんによく似た、かわいい微笑み。
「ひ孫も見られるかしらね」
ふふふっとはにかむ雅子さんに、俺は自分の願望も織り交ぜて伝えた。
「ええ。いつか。きっと」