恋人のフリはもう嫌です
「素敵な社名ですね」
「ああ。そうだね。その考え方は好きだった。けれど、キタガワの社長が、西山くんの力こそが我が社に必要だって言ってくれてね」
引き抜いたのは、彼がまだ若い頃だと聞いた。
彼の仕事の手腕はもとより、社長には先見の明があったのだろう。
「その通りになりましたね。西山さんはキタガワにはなくてはならない存在ですよ」
「そう? ありがとう」
お礼を口にされると、どことなくむず痒い。
彼は驕らない人なのだと思った。
彼はブラウニーからキタガワに転職しようと思った、理由のようなものを話す。
「裏方もいいけれど、熱烈に必要とされるのも悪くないかって」
そこまで話した西山さんは「ごめん、急に変な話をして。あまりに千穂ちゃんが褒めてくれるから」と、照れたように言った。
「いえ。私は西山さんのことが知れて、嬉しいです」
「ハハ。無自覚な殺し文句」
「え? 殺し?」
「いや、うん。聞いてくれてありがとう。こんな話を人にしたのは初めてだよ」
少しだけ物騒な単語が出て来たような気もしたけれど、彼の考えを聞けるのは嬉しかった。