隠り世の万屋さん
壱ノ舞 隠り世

壱ノ巻 「長寿の探偵」

(…あれ俺どうしたんだっけ…)


(確か、船から落ちて…)


むくりと起き上がる青年。


青年は次の瞬間大きく目を見開いた。


船から落ちたはずなのにそこは海底じゃなかった


田舎…らしき場所だった。


しかし“人”は居なかった。


皆、人ならざる者だった。


「此処が…黄泉の国?」


青年がポカンとしていると
小さい子鬼が青年に気付き近づいた。


「お母さん!!人間がいる!!」


「何を…あらまぁ本当じゃないの!!
 貴方、怪我はない?どこから来たの?」


目の前にいる者達に驚きながらも青年は答える。


「死神と、船の、上から」


「死神と!?“また”彼奴かしら。
 ココは人間の世界じゃないのに。」


「俺は…どうすれば…?」


「そうだわ!!あの方にお願いしましょう。
 千鶴(チツル)呼んで来ておくれ」


「うん!!」


子鬼は元気よく返事をすると子供とは思えないスピードで走っていった。


「あの、あの方って?」


「そうねぇ…うーん簡単に言うなら探偵とか
 万屋さん、かしら?」


「探偵と、万屋さん?」


完全に頭の中でクエスチョンマークが
渦巻いている。


「ワォーン!!」


いきなり犬(?)の声が聞こえ
青年はビクッと体を震わせた。


よく見ると空の彼方から何か駆けてくる
のが見える。


それは青年の側にゆっくりと降り立った。


更にその上から少年が降りてきた。


黒く革でできたキャップ制のハンチング帽。


黒いトンビコート。


白いシャツに灰色の着物とストライプの袴。


更に茶色のブーツ。


the・大正時代の様な服装だ。


少年は彼を見やると言った。


「おや、君は人間だね」


少年は帽子を深く被りなおす。


「限(カギリ)さん、お知らせありがとう」


「いいえ、当然の事です」


「それじゃあ今日の所は失礼しよう。
 君、乗って。」


少年は青年の手を引く。


そして黒い狗に乗せられた。


「真名は明かせないがボクのことは
 魅寿々(ミスズ)と呼んでくれ。皆からは長寿の
 探偵と呼ばれている」


「あ、俺は」


「待った」


青年が名乗ろうとしたとき少年ーコトブキは
青年の声を遮った。


ふわりと浮いた感覚。


狗達が空中に飛んだのだ。


「ココでは真名を絶対に名乗るな」


強い口調で青年に言った。


「全員そうなの…?」


「いや、人間の魂だけだ」


「何で」


「神隠し…言葉ぐらいは聞いたことあるだろう」


青年はコクリと頷く。


魅寿々は続けた。


「この隠り世でも神隠しはあり得るんだ。
 妖達がキミらに真名を名乗っても何も起きない
 それは何故か。」


「…何故?」


「キミら人間に真名を知られたところで
 人間に力は何もないからだよ。
 一方妖達は人間の真名を知れば自分の神域に
 閉じ込めることができるんだ。
 だから真名は絶対に名乗るな」


魅寿々はそう言って帽子を深く被りなおす。


青年は訪ねた。


「なら、何で魅寿々は真名を名乗らないの?」


魅寿々はもう一度青年の方に向き直る。


「まぁ当然の質問だな」


魅寿々はうんうんと頷く。


「ボクはね何方でもあり、何方でもないんだ」
< 2 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop