転生人魚姫はごはんが食べたい!
 はっきり言いましょう。私は一つ、仲間に隠していることがある。十七年間、ひた隠しにしてきた私の本当の思い。それは……

「野菜が食べたい。お肉が食べたい。魚が食べたーい!!」
 
 転生してから十七年、この感情は禁断症状のように募っていくばかり。こうして人間がいない海の中心で欲望を叫ぶことが現在私の日課だ。
 虚しいって言わないで!
 通常人魚は海面に姿を見せることはしない。海の中だと誰に聞かれるかもしれないけれど、こうして海から顔を出してしまえば叫び放題なのよ。滅多に船も通らないしね。
 けれどいつまでも見上げていて涎が伝うなんてはしたないわ。いくら見上げても雲は食べられないし、千切れもしないのよ。
 思いきって背後に倒れ込むと優しい海が私を受け止めてくれる。どれだけ沈んでも、どれほど長く潜っていても、息が苦しくなることはない。見渡す限りの海を前に、自分が人魚なのだと改めて自覚する。
 波に身を任せて漂えば、海の世界はどこまでも自由だ。視線の先では前世の海では見たこともないような色鮮やかな魚たちが泳ぎ回り、彼らも自由気ままであることを見せつけられる。

 塩焼き、寿司、刺身、てんぷら、煮付け、ソテー、ムニエル……

「はっ! 落ち着きなさい、私!」

 揺れる海藻を見ればワカメか昆布か……貝殻を見れば真珠よりも牡蠣……

「ううぅ……私ってば人魚失格ね」

 情緒の欠片もない。ファンタジーの王道・人魚に転生したっていうのに思い返すのはごはん、ごはん、そしてごはんのことばかり。
 仮にも父親はこの海を統べる王。これでもれっきとした人魚の姫、人魚姫だっていうのに私ったら……

「ここに王子様がいたら残念な人魚姫だって、呆れられてしまうのよ。こんな人魚姫でもいいと言ってくれる王子様はいるかしら」

 でも、よく考えたら見たこともない王子様なんて関係ないと思わない?
 人魚姫らしくない? 食いしん坊? 言いたい人には言わせておけばいいんだわ。だって事実だし。

「それでも私はごはんが食べたーい!!」

 この時の私はまだ知らずにいた。後悔十七年目にして転機が訪れることを。
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