転生人魚姫はごはんが食べたい!
「お困りのようね。どうかしら、私たちと取引をする気はない?」

 人間相手に交渉をする人魚など前代未聞。彼らの間に動揺が走ったのは明らかだった。

 この世界において、人魚は空想上の生き物ではない。一見してお伽噺のような存在ではあるけれど、その存在は確かなものとして人々の間で語られている。
 上半身は人間と同じ。けれど下半身は魚の鱗に覆われ鰭を持つ。海の中を自在に泳ぎ回り、海の世界に生きる海の支配者――それが私たち人魚であると、この世界の人間たちには伝わっているらしい。陸に生きる者と海に生きる者、両者は相容れることはなく、その必要もないとされている。
 けれど元人間の私は違う。嵐に遭遇した人間がいれば助けたいと思うのだ。

「お困りなのでしょう?」

 騒めく人間たちを前に、笑顔を崩さず話を続けた。
 私たち人魚も嵐は好まない。海の生き物たちは怯え、嵐の海に光は届かない。海全体にもどんよりとした空気が立ち込め、嵐の日にはいいことがないというのは人魚の間では有名な格言だ。私もお気に入りのイヤリングを失くし、大切なものを流されてしまったことがある。
 だからこそ、彼らについても同じ嵐を快く思わない者としては可哀想だと思うし、無償で助けてあげたいという元人間の良心もある。けれど人魚たちの未来のためにも今回ばかりはそうはいかない。

「交渉するつもりがあるのなら、代表者の名前を訊かせてもらおうかしら」

 お前たちの状況は理解している。断れると思うなよ? という思惑を滲ませながら私は対等な、あるいは有利な位置を確保しようと言葉を選んだ。
 どんなに人と同じ見た目をしていても、彼らにとって人魚は自分たちとは違う異質な存在だということは理解しているつもりだ。

 さあ、誰が名乗りを上げるのかしら?

 疑問に答えるように動きを見せたのは、一番若く見える青年だった。
 船乗りらしい格好をしてはいるが、船長にしては明らかに若く感じさせる。他の船乗りたちが屈強な体格をしているせいか、身体つきも細く頼りない風貌だ。しかし人当たりの良さそうな顔立ちに爽やかな薄緑の髪は優しい好青年という印象を与える。

 本当に彼が代表で間違いないのかしら。明らかに彼よりも年長で、強そうな人たちが大勢控えているけど……。

「貴方が話し相手になって下さるの?」

 たとえどんな相手でもここで舐められてはお終いだ。私は挑発的にも取れる口調で問いかけてる。
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