転生人魚姫はごはんが食べたい!
 急な夜会だと言いながらもサイズぴったりのドレスを用意しておいてくれた旦那様。まさか核心犯じゃありませんよね? 私が慌てふためくのを見て楽しんだりしていませんよね?

 ――なんて、疑うのは良くないわよね。

 心を入れ替えてもう一度自分の姿を確認する。けれど自分よりも、背後で表情を曇らせているニナの方が気になってしまった。

「どうかしたの?」

 話しかけるとニナは慌てて表情を取り繕う。私はもう一度、どうしたのと声を掛けた。

「あの、奥様……本当にこれから伯爵のお屋敷に向かわれるんですか?」

 まるで否定ほしいと望んでいるような口調だ。

「そのために素敵に仕上げてくれたのでしょう。何か問題でもあるの?」

「実は私、伯爵様のお屋敷で働く友達がいるんです。その友達から聞いた話なんですけど……」

 ニナは言葉を区切るとひときわ真剣な表情で告げた。

「出るらしいんです」

「出るって何が? 美味しい料理?」

「違いますよ幽霊ですっ!」

「幽霊?」

 私ののんびりとした口調に痺れを切らしたのか、ついにニナは叫びだす。予想もしていなかった唐突な内容に、私はまたものんびりと聞き返していた。

「それは、とある夕暮れ時のことでした……」

 ニナは急に意味深な語り口調で話し始める。表情からはいつもの明るさが消え、声のトーンも下がったような気がする。

「その日は洗濯物が良く乾く、晴れた日だったそうです。そのため屋敷中の窓を開けていたのですが、夕暮れ時になると急に不穏な空模様へと変わり、突然の雨風に見舞われたそうなんです。彼女は慌てて屋敷中の窓を閉めに回りました。屋敷中を走り回る間にも嘲笑うように雷が光っていたそうです。そんな時、聞えたらしいんです」

「な、何が……?」

 ニナの雰囲気につられ、私まで神妙に聞き返していた。

「彼女は思い出しました。旦那様は外出していましたが、大切なコレクションを集めた部屋の換気をしていたことを。勝手に入ることは禁じられていましたが、この雨です。大切な品が濡れてはいけないと、彼女は咎められることも覚悟してその部屋に入りました。部屋の中は薄暗く、彼女は手探りで窓際へと進みます。その時、聞こえたんです。いるはずのないもう一人、悲しそうに歌う女の歌声を!」

「ひっ!」

 話の内容というより詰め寄るニナの迫力に慄いた気がする。
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