婚約者は野獣



結局一睡も出来なかった



ベッドから降りてカーテンを開ける


私の部屋の外には
母の好みで造られた

洋風庭園がある

季節の花が色取り取りに咲いていて
私のお気に入りの風景


5月という季節もあるのだろう
目にも鮮やかな花が朝露を纏って綺麗に陽に向かっていて


私の嫌な胸の内を攫ってくれる気がした


「さて」


携帯を開いて父の名前をタップする


(どうした千色)

「話があるの、急用」

(母さんもか?)

「もちろん」

(直ぐに行く)


ベッドに腰掛けると
部屋の扉を見つめた


やがて


トントン
ノックの後に


「千色」


父の低い声が聞こえた


鍵を外して扉を開け
不安そうに立つ二人を招き入れると

また鍵をかけた


「どうしたの?」


探るような視線の母と父の顔を真っ直ぐ見る


「凱を私から外す」


前振りもないまま放った言葉に
二人の目が驚きで開いた


「え?でも、アレは千色付きで・・・」


納得いかない父の声に被せるように


「凱と千紗は好き合ってたのね」


そう言うと目の前の二人が息を飲んだ


「知らなかったのは私だけなのね
そんな奴と東では一緒に暮らせない
それに・・・
一ノ組の若頭が同じマンションに暮らしてるの
だから・・・
失礼のないように人選は私がする」


断られないように
関係ない一ノ組のことを持ち出すと

目の前の二人が押し黙った


「それと・・・」


「ん?」


「この家には暫く帰らないから」


この二人には“他人を慮る”なんてできそうもない
だから・・・こちらから拒絶する


「「え」」


「私が一ヶ月振りに帰ったというのに
千紗の咳ひとつで蔑ろにされて
もう、ウンザリ・・・」


この家から離れたい理由

嫉妬という醜い言葉を
22年分の思いとして二人へ晒した


私の気持ちを露とも知らなかった二人の表情は

私の想像した通り固まっていて


「話はこれだけ」


出て行けと言わんばかりに
部屋の扉を開いた







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