桜田課長の秘密
「全体的に熱量が乏しいところ……ですかね。淡々と流れる冷えた文章なのに、優しい描写を散りばめることで、必死にそれを隠そうとしている」
 
あ、ここ。
ページをめくる手を止め、開いた本を差し出した。

「この章の冒頭『僕は人の気持ちが分からない。分かろうとも思えない』……これなんてまさに作者の人間性だと思うんです」

コホンと、乾いた咳ばらいを落とした課長が、私の方へ本を押し返す。

「なかなかの観察眼ですね。しかし今の説明ですと、この作家を好きだという理由にはなりません」

「うーん、好きというよりは興味でしょうか」

「どんな」

「なぜ小説家になろうと思ったのか。他人に興味がないくせに人間を描く仕事を選ぶなんて、ドMなのかなあ……とか、それに――」

と――、言葉の途中で突然に、なんと、あの桜田課長がクツクツと笑いはじめたのだ。

おお、この人でも声をあげて笑うんだ。
こんな珍しい光景、動画に収めなきゃ後悔するぞと、スマホに手を伸ばしたときだった。

不意に笑いをおさめた彼が、人差し指でメガネのフレームを押し上げた。


< 11 / 90 >

この作品をシェア

pagetop