異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「すみません。今日からお世話になるエリーゼ・ホワイトです」

 返事がない。扉に耳を近付けると、コンコンという包丁の音やせわしなく歩き回る足音、たくさんの人の声が聞こえてくる。

 もしかして、厨房が騒がしいせいでノックが聞こえていない?
 再度挑戦するがやはり反応がないので、私はおそるおそる、扉を開けてみた。

「パン、焼き上がったよ!」
「ローストビーフはどう?」
「いい感じだ。付け合わせはどうだ?」
「もう皿に盛りつけてある。ソースもいい具合だぜ」

 とたんに、にぎやかな会話が鼓膜を震わせる。おそろいのコック服を着た、様々な年齢の料理人さんたちが忙しく動き回っていた。この国では職業婦人は珍しいから、当然のごとく全員男性だ。

 その迫力ある光景に目を奪われたが、次の瞬間にはすでに、鼻先にダイレクトに伝わる料理の匂いにうっとりしていた。

 お昼からローストビーフを食べるなんて! おそらくスープから漂っているのであろうコンソメの香りも、庶民の食卓とは違う。

「高級料理店の匂い……」

 前世でもそんな店には行ったことがなかったので、ぼうっと立ち尽くすしかできない。

「よし、じゃああとは配膳だけだな。今日も完璧、時間通りだ! ……ん?」

 ひときわ高いコック帽をかぶった、おそらく料理長だと思われる人が私に気付いた。四十代くらいの男性で、コック服に包まれた腕がとても太い。料理は力仕事、という言葉があるくらいだ。これだけの量の料理を毎日作っているんだから、マッチョにもなるだろう。

 お店の手伝いに来てくれた人は老紳士だったけれど、ここにいる人たちは騎士団と言ってもわからないくらいの男くささだ。おそらくアルトさんが、女性中心の店だから違和感のない人を寄こしてくれたんだと思う。

「あっ……。はじめまして、エリーゼ・ホワイトです! 今日からここにお世話になります! エリーと呼んでください!」

 ぼんやり見ていたことに罪悪感を感じながら、私はあわてて頭を下げた。しかし相手は細かいことは気にしない、というふうに豪快に笑う。

「ああ、そうだったな! ちょっとそのへんに座って待ってな、配膳が終われば俺たちも手が空くから」

 料理長さんが示してくれた、厨房の隅にある木のスツールに腰かける。みんな忙しそうだけど、私が手伝っても邪魔になるだけだろう。

「待ってる間、これでも飲んでな」
「あ、ありがとうございます」

 料理長さんが出してくれたグラスには、ルビー色に輝くクランベリージュースが入っていた。おそらく、果汁百パーセントの高級品だ。
 うわあ、と感激しながらひとくち飲むと、混じり気のないクランベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。おいしい……。

 私がジュースを飲むのをじっと観察していた料理長さんが、ニヤッと笑う。

「あんた、この時間帯に来るなんて、ついてるね。まさか狙ってきたのか? そんなわけないか」
「へ? ついてるって……?」
「ああ、悪い悪い。なにも知らなかったならほんとにラッキーだ。おとなしく待っててくれよ、エリーさん」
「は、はい」

 からかうような、悪だくみするような笑みを浮かべながら、料理長さんはみんなの指揮に戻っていった。
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