ノクターン
49

みんなが 温かい幸せな気持ちのまま

夕食を終えて 私達は マンションに戻った。
 


「皆さん良い方で。麻有ちゃん 本当に幸せよ。私達も安心して 軽井沢に帰れるわ。」

リビングで お茶を飲みながら 母が言う。
 


「うちの両親も 同じ事を言っています。軽井沢のご両親が良い方だからって。」

智くんが 笑顔で答えてくれる。
 


「まさか、智くんと麻有子が 結婚できるとは思わなかったからね。」父は言った。

そして みんなを見て続けた。
 


「昔、麻有子に “ どうすれば、ずっと智くんの近くにいられるの? ” って聞かれてさ。“ お金持ちにならないと無理だよ ” って答えたの。そうしたら麻有子は “ どうすればお金持ちになれるの? ” って聞くんだよね。」


私は 色々、父に聞く子供だった。

父の配達に付いて行っては 車の中で、父と話したことを思い出す。
 

「どうしたって 智くんの近くには行けない訳じゃない。仕方ないから “ いっぱい勉強すれば、お金持ちになれるよ ” って言ったんだよね。それからだよ。麻有子、本気で勉強するようになってさ。責任感じたよ。」

私は そんなにも智くんの近くに 居たかったのだ。

涙が込み上げて 抑えられなかった。
 

「麻有子も、だんだん解ってきてさ。いくら勉強しても、お金持ちになっても、智くんの近くには行かれないって。その頃からだよ。麻有子があまり話さなくなったの。何となく殻に閉じこもるみたいに。俺も辛かったよ。あんな事、言わなければ良かったって。何度も思ったよ。」


母も妹も 静かに聞いている。


黙って涙を流す私の手を 智くんがそっと握ってくれる。
 

「それくらい、麻有子は本気だったんだ。真剣に、智くんの近くに 行きたかったんだよね。」

父は 優しく私を見た。

私は 堪えきれずに顔を覆って 号泣してしまう。
 

「麻有子の一番楽しい時間を 奪ってしまったみたいで ずっと悔やんでいたんだ。でも、良かったよ。本当に。智くんと会えて。こんな風に 結婚できて。パパも 肩の荷が下りたよ。」



父の声は、震えていた。




泣きじゃくる私の背中を 智くんが優しく撫でていた。
 

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