ノクターン
「何か海って ワクワクしちゃう。軽井沢は海がないから。」
フェンスにもたれて広い海を眺める。
「大学生になってから 何度か軽井沢に行ったんだよ。でも麻有ちゃんを見たのは、あの時だけだったなあ。」
「そうなの?ウチに寄ってくれれば良かったのに。」
「いきなり行ってもねえ。ストーカーみたいでしょう。」
二人、海を見ながらゆったりと話す。
「えー、そんな事ないよ。智くんなら大歓迎だよ。あ、でも高校生の頃は 私、こじらせていたからなあ。」
「なに、それ。」智くんは心地よく笑う。
「軽井沢が嫌いだったの。何で東京に生まれなかったのかな、とか。何でウチはお金持ちじゃないんだろう、とか。」
私は驚くほど正直に、自分の気持ちを話していた。
「俺は軽井沢が好きだよ。麻有ちゃんのご両親も温かくて 良い家族でしょう。」
「今ならね、わかるの。両親の愛情とか努力とか。感謝しているし。あの頃もわかってはいたんだよね。それが重かったの。反抗期だったのかな。」
「麻有ちゃんが そういう気持ちを勉強に向けられたってことは、ご両親の教育が正しかったってことだよ。」
「そんな風に考えた事なかった。智くんてすごいわ。やっぱり…」
私は少し言い淀む。
「やっぱり、なに?」いつものいたずらっぽい瞳を向けられて
「やっぱり、大好き。」
私は言ってしまう。
その瞬間、智くんは私を抱きしめた。
土曜の夜の山下公園は それなりに人影もあったけれど.
私達は気にすることもなく 抱き合う。
智くんの腕を背中に感じて 自然と私も力が抜けていく。
智くんの胸に顔を預け 背中に手を廻して。
智くんは ギュッ私を抱きしめたあと、徐々に力を抜いて私の髪や背中を撫でていく。
私は離れたくないと、強く思っていた。