授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
「確かに今でもうちの事務所に来ないかって、引き抜きの誘いは来てる。けど、俺はあの人に恩義があるんだ。だから今の事務所を離れることは考えてない」

肩に顎を載せていた黒川さんがすっと身体を伸ばし、一転声のトーンを落として呟いた。恩義があるって?とその質問を視線に変えて彼の顔を仰ぎ見ると、黒川さんの目は分厚いガラスの向こうに広がる夜景をじっと見つめていた。

「なぁ、この街の中に何人の人が無実の罪を着せられて苦しんでいる人がいると思う? 何人の交通事故の被害者が泣き寝入りしていると思う?」

「え……」

意図せず質問を返されて戸惑う。遠くを見る彼の横顔に、うっすらと切なげな表情が窺えた。

「坂田所長は……俺の妹を冤罪から救ってくれた恩人なんだ」

――学生のとき妹とこうして……。

そういえば、先日スーパーでの買い出しの帰りに黒川さんがポロッと口にしていた言葉を思い出した。

「妹さんがいたんですね、冤罪って……それは大変でしたね」

気の利いたことが言えなくて歯がゆい。慰める?それとも同情する?頭をフル回転させて考えるけれど、たぶん黒川さんはそんな言葉は望んでいない。

どんな罪の濡れ衣を着せられたのか、踏み込んだ話をしてもいいのか、二の足を踏んでいると彼が話を続けた。
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