授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
確か名前は板垣刑事だったか、かなり昔に父に連れられて行った料亭での食事会にいたような気がする。そのときはひとことも話はしなかったけれど、容姿は整っているのに仏頂面でお堅そうでいかにも警察官といった感じの雰囲気をプンプンさせていたから記憶の隅に残っていたのだろう。

当時、寝る間も惜しんでアプリゲームにハマっていて、それに出てくるイケメン刑事とはずいぶん現実は違うのね、なんて内心失礼なことを考えていたのを思い出す。父が“若造刑事”なんて言ってたから、たぶん、年はそんなにいってないはずだけど……。

あ~最悪。こんな場所でお父さんの知り合いに会っちゃうなんて!

話したことはないとはいえ、「松下検事の娘さんだ」なんてあのときの食事会で誰かに教えられていたら、職業柄顔くらいは覚えられていてもおかしくはない。

「は、はい」

私は蚊の鳴くような小さな声で返事をすると、なるべく顔を合わせないように俯いた。

「先ほどこの店の責任者の方にあなたがここの二階に住んでいると伺ったのですが……」

「そうですけど」

身体を固くすると口調まで強張る。そんなつもりはないけれど、剣のある言い方になってしまった。

「犯人が単独犯だとは限りません。もし仲間が複数いた場合、またここへ戻ってくる可能性があるので、数日どこか別の場所に避難していただけませんか? 金品は奪われていなかったようですが、空き巣に入られた所に女性がひとりでいるのは危険です」

……え? 別の場所、って?

言われたことに困惑していると、板垣刑事は淡白に「それでは」と言って現場検証へ向かった。
どうしよう! 今から別の場所って言われても……まだ引っ越ししたばかりなのに。

仕事はともかく、また家探ししなきゃならないの? せっかく落ち着いてきたところだったのに、嘘でしょ……。

「あのさ、よければうちへ来ないか?」

「……へ?」
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