妖しな嫁入り
 しばらく歩いて通されたのは最奥の間だった。

 ああ、また……

 妖の中に在っても所詮、私は人目に晒すに値しない、そう悟る。そして多少なりとも落胆していることに驚かされた。いったい私は何を期待していたのか。けれど私の前に広がる景色は想像と異なるものだった。

 部屋の空気は頻繁に風が通されているようで清潔感があった。横目に映る襖には見事な花の絵が描かれている。まるで見る者を楽しませるような造りだ。
 藤代が戸を開ければ外には庭園が広がっていた。枝葉まで整えられた木々、大きな池に魚はいないが水に浮かぶ葉と薄い桃色の花が浮いている。
 大切な部屋なのだろう。そんな場所を私に与えるはずがないと思うのに、邪険に扱われてきたからこそ『特別』には敏感だ。望月家で与えられてきた部屋との違いばかりを見つけてしまう。

「ここは……」

 いっそ鉄格子の向こう側に放り込まれる方が似合うのだが。

「椿の間にございます」

 藤代の口からまたその名を聞く。不本意ながら私の名と同じ花、もしかするとこの部屋から閃いたのかもしれない。
 もう、椿でいいかと投げやりな思考に至る。名前がないのも不便だ。彼らとはいずれ手を切るのだから今だけのこと、なんと呼ばれようとも構わないと納得することにした。

「椿様?」

 黙り込んでいると再度、藤代が呼びかけていた。気を抜いてはいけないと戒めたばかりなのに失態だ。

「な、何?」

「朧様の羽織も似合っておりますが、じきに着物やその他の品も手配できますかと。もうしばらくお待ちくださいませ――と申し上げておりました」

「着物?」

「いつまでもそのような格好でいさせるわけにはまいりません。朧様の言いつけで用意しているところです。そうなってはわたくしだけでは手の回らないこともありますね……こちらも手配しておきましょう」

「そう……」

 曖昧な返答。けれどそれ以外どうこう言うべき事柄も見当たらない。

「ところで妖狐はどうしているの?」

 離れられたのは好都合だが、離れていては好機を逃しているも同じだ。
 藤代はしばし考え込んでいる。知らなければ一言「知らない」と返せばいいはずなのに迷うことがあるのだろうか。

「失礼ながら、この屋敷には多くの妖弧が存在しております。おそれながら、どの妖狐でしょうか?」
< 18 / 106 >

この作品をシェア

pagetop