妖しな嫁入り
「でしたら構いませんね。二人とも店内で頂くことにします。それと、席は奥の方でお願いできますか?」

「はい。かしこまりました」

 通されたのは一番奥の席で窓からも離れている。野菊は私のためにこの場所を選んでくれたのだ。

「野菊、ありがとう」

「感謝されることなど何もございません。本来私は席を共にすることは許されない身分。無理を申し上げたのは私なのですから」

 確かに野菊はそばに控えることはあっても朧とは違い一緒に食事をすることはなかった。

「朧が主人だというのはわかる。でも私はそれに連なる立場じゃない」

「朧様の奥方様になられる方ですもの。私などとは身分が違いすぎます。それを承知で無理を申し上げたのですから、非難はされど感謝などもったいないことです」

 彼らは未だに信じているのだろうか。私が朧の妻になると本気で。

「私はいずれここを去る人間。だから私にまで身分を気にする必要はない」

 はっきり宣言すれば野菊は申し訳なさそうに切り出した。と言うより、まだ躊躇っているようにも感じる。

「椿様、あの……。無礼であることは承知していますし、大変失礼だとも理解しているのですが……」

「気持ちはわかった。でも言いたいことは言ってほしい。私に答えられるかはわからないけど」

「では! 椿様は朧様を愛していらっしゃるのでしょうか!?」

 まさかの質問に二の句が告げない。

「も、申し訳ございません!」

「私が許可したの。謝ることはない、けど……」

「その、どうしても気になってしまいまして! と言いますか、わたくしだけではなく屋敷中の者が気になっていると申しますか!」

「……野菊、可愛い」

「へっ?」

 つい口に出ていた。

「あ、その、これは!」

 私は一体何を、妖相手に可愛いなんて! けれど本当に、顔を赤くして戸惑う野菊は可愛かったのだ。これもまた私には持ちえない魅力である。

「野菊はいつも憧れるほど完璧だから。でも今みたいに慌てている野菊は、可愛いと思う」

「も、勿体ないお言葉です」

 二人して照れる羽目になったので早く話を戻そう。

「質問、まだ答えてなかった。私は愛というものがよくわからない。愛するというのは、その相手が大切ということ? だとしたら敵である朧は違う」

 同時に決して愛してはいけない相手だと思う。
< 79 / 106 >

この作品をシェア

pagetop