妖しな嫁入り
「無事で、良かった……」

 騙されたことに憤るよりも先に身体が軽くなったのを感じ、泣き笑いとはこのことだと思った。泣いているのか笑っているのか自分でもわからない。

「まさか君から会いに来てくれるとは……。牢にも入ってみるものだ」

「ば、馬鹿なこと言わないで! どれだけ心配っ――」

 私の心配は朧に伝わっていない。それもそうだ。だって伝えたことがない。

「君は何をしに? それを手にして、何をするつもりだ?」

 だからこんなことを言われてしまう。全部、自業自得。好機を狙って現れたと、それで殺しに来たのかと疑われている。でも残念、お前の予想は外れだ。

「お前に会いに、助けに来た」

「何故?」

 私が答えれば朧は心底驚いている。

「巻きこんでしまったから、助けに。それに私は、朧が来てくれた時嬉しかった。だから私の意思で会いに来た」

「……君は本当に椿か? 妖になると人格まで変わるのか」

 よほど意外な展開なのか……だとしたら優越感を覚える。いつも振り回されてばかりいたのは私だから。

「何も変わっていない。これはずっと、私の中にあった気持ち。疑うのなら確かめればいい」

 好きなだけ暴けばいいというつもりで手を差し出したところ朧は眉をしかめた。

「手を、どうした?」

「手?」

 すぐには思い当たらなかったが、指摘されると痛みはぶり返すものだ。

「札を破いたから。もう完全に人ではなくなった。でもこの力で朧の元まで来られた。だから後悔していない」

「痛いだろう」

「少しだけ」

 愛おしそうに包み込まれ、強がることを忘れた。

「じき迎えに行くつもりでいた。大人しく待っていれば良かったものを、こんな怪我までして」

「大人しく待つほど従順にはなれない。待つだけはもうやめたの」

 嫌なら手放してしまえという意味も込めて告げたつもりだ。

「君の手が傷ついたことに関しては不本意だが、その言葉はこの上なく嬉しいよ」

 本当に嬉しそうに朧は目を細めているが。手の痛みと共に私は一つの現実を呼び起す。

「……ところでお前、一人で逃げられた?」

「さてね。何故、俺が捕まったと思う?」

 否定せずに話を続けるということは、そういうことなのだろう。多少なりとも頬は引きつったが、私が悪いと自覚をしているので言及はしない。
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