妖しな嫁入り
 当主様が命令したのだろう、遠くからでもわかるほどの傷を負っている。傷ついて、ボロボロになって――ぴくりとも動かない。目の前の光景が私を絶望に突き落とす。
 赤い血がどうしたというの? 歪な傷がどうしたというの? 凄惨な場面を見るのは初めてじゃない。妖に襲われた人間の末路にも遭った。それなのにどうして私は……恐怖に震えている?

「……あ、ああっ!」

 喉の奥が張り付いて声が出ない。どうしてなんて、決まっている。そこにいるのが朧だから。

「朧? ねえ、朧……お願い、返事をして!」

 届くわけないのに、みっともなく格子に縋りつく。ずっと、内側から自由を求めるばかりだった。もっと早く自分の意志で歩き始めていたら、朧を傷つけずに済んだかもしれない。いくら後悔しても遅い。わかっているのに、次から次へと涙が溢れる。

「目を開けて、お願い! ごめんなさい、私に関わったりしたからこんな……」

 泣いたってしょうがない。私のせい、私が朧を傷つけた。早く助けないと! 私たちを取り巻くのは闇。ならこんな檻、すり抜けて朧の元までいけるはず。
 目を閉じて、落ち着いて、集中して――
 視界が歪んでばかりだ。いつもみたいに笑ってほしいと身勝手な欲ばかりが渦を巻く。倒れている姿が焼き付いて離れず、冷静でいさせてくれない。

「お前を狩るのは私でしょう? 私以外の人に傷つけられるなんて、許さないから」

 身勝手な言い分にもほどがある。涙交じりの懇願は聞くに堪えない。でも――

「随分と情熱的だな」

 どんなに情けなくたって朧は受け入れてしまうの。
 声と共に温かな手が触れる。驚きに俯いていた顔を上げれば、また一筋涙が零れた。

「う、そ……」

 だって、彼は倒れている。いくら手を伸ばしても届かなくて、傷ついてボロボロで、返事もしてくれなかった。それが――どうして目の前にいる!?

「朧、なの?」

「それ以外の何に見える?」

 格子を挟んで私の目の前にいる朧、その温もりは本物だ。なら奥で倒れている朧は誰で……何!?

「ふ、二人、朧が二人!?」

「あれは分身だ」

「分身!?」

 初めて聞いたし都合が良いにもほどがある。

「朧……本当に?」

「ああ」

 私の前にいる彼には怪我がない。そして私のよく知る笑顔を浮かべている。
 なら朧は、無事なの?
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