妖しな嫁入り
「何時から本気になったのかと訊かれれば、それは君が命がけで約束を守ろうとした瞬間だな」

「き、訊いてない!」

 誰もそこまであけすけなことは訊いていない!

「俺が話したいんだ」

 好奇心と羞恥が私の中でせめぎあうも、朧が待ってくれるわけがない。

「どんな状況に陥ろうと君は約束を守ろうとしてくれた。驚いたよ。そして何より嬉しかったんだ。君なら信じられると思えた。君を死なせたくないと、その時気付いたよ。俺は君を――」

 途端、言葉に詰まる朧にいぶかしむ。

「……そういえば、これを告げたことはないな」

 何を告げるつもりなのか怖くないといえば嘘になる。けれど逃げてはいけないと相手を見据えた。そんな不安もお見通しなのか、子どもっぽく頭を撫でられる。まるで心配するなと言われているようだ。

「君を愛しく思う」

 また一筋、涙が零れた気がする。けれど涙の意味は明らかに変わっていた。

「俺のために涙する君が、俺のために傷ついたこの手が、たまらなく愛しい」

 そんなことを言われては、もう涙が止まらない。
 これも全部、朧のためのもの――
 こんなものでいいと望んでくれるなら、全部あげたいとさえ思う。

 長い間私が望んでいたもの。家族からも与えられず、人の枠からはみ出してしまった私を、それでも受け入れてくれたのはこの妖(ひと)だった。

「それともこんな場所で愛を囁くのは無粋か?」

 悪戯っぽく唇を歪める朧が愛おしいのは私も同じなのだろう。
 闇の中だった。
 牢屋越しの逢瀬だった。
 でもなんだか、私たちらしい気がする。

「どこだっていい。朧がいるなら、それでいい」

 彼の想いを言葉で聞いたのは初めてのこと。いつも妻になれと先走ったことばかり言うくせに、そこにある感情を聞いたのは初めてで――私は涙するほどの幸福に包まれていた。
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