妖しな嫁入り
「ところで君、手が震えていないか?」

 視線を辿り納得する。言われてみれば、朧の無事を確認したというのに震えが止まっていなかった。

「よく閉じ込められていたから……少し苦手なのかもしれない」

 自分が思う以上に身体は憶えているのか。

「そうか……。長居は無用だな。少し離れてくれないか」

「わかった」

「続きは後で聞かせてくれ。それとも、素直なのは今だけか?」

 言われた通りに牢から離れ、けれどその問いには首を振った。伝えたいことはたくさんある。

「もっと朧と話したい。許されるのなら、聞いていてほしい」

「本当に別人のようだ」

 今度は驚きではなく嬉しそうに言ってくれる。そのことに胸を熱くしていたのだが、はてと気付いてしまった。朧は笑みを浮かべている。何度も目にしてきたこれは……彼にとっては普通でも、私にとっては不穏なことを考えている表情で。

「おぼ――」

 瞬いたほんの一瞬、閃光のように炎がはしる。
 次いで轟音を捉えていた。
 朧の手から放たれた炎は新たな炎を生み鉄格子を焼き尽くす。風のように階段を這い、火の勢いで扉まで吹き飛ばしてしまう。わずかながら明かりが差したように感じた。

「朧!? な、お前、何を!」

 何をしたか? 明白だ。私たちの間に格子なんてもの存在していない。景気よく破壊してくれたのだ。

「こんなことして、早く逃げないと!」

 おそらく手遅れだろうけど。
 なのに朧は焦るでもなく、優雅な動作で牢のあった場所から出てくる。

「妻の親族に会いに来ただけで、やましいことがあるわけでもない」

 いっそ清々しいほどの物言いだ。

「だからって……」

 牢を破壊するのはどうかと。もっと穏便に行動してもいいのではと思わずにいられない。

「なら、堂々と出ていくだけさ。清々したろう?」

 してやったり、そんな顔だと思う。少し意地悪くも見えて、でも優しそうに瞳を細めている。

「私が、苦手と言ったから?」

 疑問を向ければ大破壊犯は平然と手を差し伸べてくる。

「ほら、行くぞ」

 闇に閉ざされていた牢は外へと続き、かつて私を閉じ込めていたものは消えた。もう怯える必要はない。それはなんて、なんて……朧の言葉を借りるなら、これが清々したということ?
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