二度目の結婚は、溺愛から始まる


「あ、急に来てごめん! 実は頼みがあって……?」


てっきり涼か愛華だろうと思って顔を上げたが、正面に座ったのは思いもよらぬ人物。

ほんの数時間前に会ったばかりの女性。
真っ白いワンピース姿のお嬢さま――梛の元カノだ。


「こんにちは」


彼女は、わたしと目が合うとにっこり笑った。


「……こ、こんにちは?」

「突然、すみません。少し、お時間いただけますか?」

「え、ええと……」


(どう、どういうこと? これって……元カノ VS 今カノの修羅場的な……?) 


動揺のあまりさまよう視線が、身振り手振りで「あとでいい」と知らせる涼と愛華の姿を捉える。
二人の顔に浮かぶ表情は、「心配」ではなく「面白そう」だ。


(み、見捨てる気っ!?)


「ご都合が悪いようでしたら、日を改めますが……」

「い、いえっ……大丈夫です……」


先延ばしにすればするほど、面倒なことになりそうだ。


「先ほどは、きちんとご挨拶できず申し訳ありませんでした。西園寺 花梨(さいおんじ かりん)と申します」


彼女は、まっすぐわたしを見据えて名乗った。

名前からしていかにもお嬢さまだ。
西園寺という名に、聞き覚えがあるような気がしながらも、名乗り返す。


「雨宮 椿です」


彼女は微かに眉を引き上げたが、それ以上感情をあらわにすることなく、いきなり宣戦布告した。


「単刀直入に申し上げます。霧島さんとの結婚は、諦めてください」

「……はい?」

「今後も関係を続けるのは、あなたと彼の自由です。愛人として手当てがほしいというなら、いくらでもお支払いいたします。そのほか、何か要求がありましたら、可能な限りお応えしたいと思いますので、遠慮なくおっしゃってください。ただし、結婚だけは諦めていただきたいのです」


正々堂々とわたしに日陰の身であるよう要求する彼女は、先ほど梛に冷たくあしらわれて涙を流し、逃げるように立ち去った人物とは別人のようだ。

あっけに取られ、言葉を見つけられずにいるわたしにかまわず、彼女は話を進める。


「ちなみに、雨宮さんは現在妊娠されていますか?」

「えっ!? い、いいえっ! まさかっ!」


たとえ妊娠していたとしても「霧島 梛」の子どもではない。
慌てて否定したが、彼女はさらに驚きの要求を重ねた。


「もし、妊娠されていることがわかった場合でも、彼との結婚は望まないと約束していただけますか? それ以外は……彼があなたと子どもを設けることも、認知することも、養育費を支払うことも、家族のように過ごすことも、養子に迎えることも認めます」


わかりましたと返事をして、適当にあしらうのが賢い処世術だろう。
思った以上にこじれていそうな他人の恋愛沙汰に首を突っ込んでも、面倒になるだけだ。

けれど、面と向かって非常識とも言える要求をつきつけ、なりふり構わず「霧島 梛」を取り戻そうと必死な彼女に、嘘は吐けなかった。

吐きたくなかった。



< 220 / 334 >

この作品をシェア

pagetop