二度目の結婚は、溺愛から始まる
柾は、西園寺 花梨の名を聞いた途端、顔色を変えた。
「大事ありません。退院されたばかりなのに、少々ご無理をなされたせいです」
「無理? いったい、何をしたんだ?」
「退院されたその足で霧島さまに会いに行かれたのです」
「いきなり会いに行って、話を聞いてもらえるはずがないだろう……まったく。相変わらず、後先考えずに行動するヤツだな」
「駆け引きも根回しもしないのが、花梨お嬢さまですので」
どうやら、兄と彼女は知り合いのようだが、接点がどこにあったのか。
まったく思い当たらない。
しかも、単なる顔見知り以上の仲らしい。
山野さんが彼女を評した言葉に、苦い顔で同意する。
「そうだったな……で、どうして彼女は椿と一緒にいたんだ?」
「霧島さまと復縁するには、本人ではなく、彼の恋人である雨宮さまと話を着けた方が早いとお考えになったのです。雨宮さまをカフェ『TSUBAKI』まで追いかけ、そこで具合が悪くなり……」
「恋人? どういうことだ? 椿っ!」
蓮と暮らしていながら、ほかの男性とどうこうなれるはずがないのに、疑いの目を向けられて、むっとする。
「ナンパ男が勝手に言っただけよ。見栄を張りたかったんでしょう? 昔の恋人に」
「誤解されるようなことをしたんじゃないのか?」
「そんなわけないじゃない! 彼には、蒼の結婚式会場のデザインをCGにしてもらって、バーテンダーの仕事を教わっているだけよ」
「CG? バーテンダー……? おまえは、少しくらい大人しくしていられないのか? いまは、蓮との復縁を優先すべきだろうがっ!」
「何もせず、家でじっとしているなんて、無理。それに、ナンパ男は好みのタイプじゃないし、そもそも気が合わない。恋愛感情を抱くなんて、あり得ないわ。せいぜい、仕事上の知り合い。よくても友だち止まりよ」
「むこうも同じとは限らないだろうがっ!」
「これまで、男ともだちから言い寄られたことなんかないわ」
自分がいかにモテないかを暴露すれば、兄にバカにされるかもしれないと思ったが、蓮を不安にさせたくない一心で、正直に告白した。
「鈍いおまえが気づかないだけだ。蓮の苦労が思いやられるな……」
「蓮の苦労って……わたし、何もしていないのに」
「おまえは厄介ごとを引き寄せる達人だ」
「…………」
言いがかりだと主張したかったが、そうと言い切る自信もなかった。
呆れ顔でわたしとの会話を打ち切った柾は、山野さんに向き直る。
「ほんの二、三分でもいい。彼女と話せるだろうか?」
「申し訳ございません。現在、花梨お嬢さまは眠っていらっしゃいますので……」
「できれば、彼女が次の行動に移る前に捕獲したいんだが……」
「明日、退院の時間がわかり次第、ご連絡さしあげても?」
「すまないが、そうしてもらえるだろうか? 社用の携帯に連絡を頼む。それと……花梨には、俺が来たことは黙っておいてほしい。知れば逃げるだろうから」
「承知いたしました」
「もし、彼女の身に何かマズイことが起きそうだったら、いつでも連絡してくれ」
「ありがとうございます」
名刺を受け取り、深々とお辞儀をする山野さんに頷き返し、柾は大きな手でわたしの頭を軽く叩いた。
「とりあえず……今日のところは帰るぞ。椿」