二度目の結婚は、溺愛から始まる
起き上がろうにも、両手首を押さえつけられ、馬乗りになられてはどうしようもなかった。
お酒とタバコの匂いが入り混じった、蓮とはちがう香りに包まれる。
あまりに急なことで、何が起きたのかわからなかった。
一瞬、茫然としてしまったが、近づく梛の顔にハッとして、顔を背ける。
梛は不満そうに鼻を鳴らし、矛先を変えて首筋に顔を埋めた。
「な、梛っ……」
熱い唇が喉元を掠め、鎖骨を辿る。
酔っているはずなのに、手首を掴む力は少しも緩まない。
驚きが焦りに変わり、信頼が不審に変わる。
本能的に身体が強張り、悲鳴をあげかけたその時、梛がぽつりと呟いた。
「結局、俺は……いまも、昔も、アイツを幸せにしてやれない」
「…………」
「アイツに相応しい男じゃないと認めるのがイヤで……自分のくだらないプライドのために、手放した。全部アイツのせいにして。幸せにする自信がなかっただけだ。そのくせ、アイツの結婚生活が幸せじゃなかったと聞いて、喜ぶようなゲスなんだよ。俺は」
「梛……」
「ようやく取り戻せても、失うだけだ。好きな女の人生を犠牲にして、何も知らずに自分の力で成功したなんていい気になっていた報いだろ」
わたしには、梛の苦しみは宥められないし、慰めることもできない。
彼の傷や痛みを癒せるのは、彼女だけだ。
梛も、それはわかっているのだ。
けれど、わかっていても踏み出せない。
大きすぎる罪悪感と待ち受ける喪失に怯え、立ち竦み、一歩も動けないまま、蹲っている。
「なあ、夢じゃないのかよ? アイツは、いけ好かない金持ちのジジイと結婚して、セレブな妻やってるはずだろ? 全部捨てて……命まで捨てて、どうしようもない男と一緒になりたいなんて、言うはずがないだろ? 普通のお嬢さまは、こんなところで暮らしたりはしない。そうだろ? 椿……」
自嘲の滲む声は、ひび割れ、掠れ、痛々しい。
どんな顔をしてるのか見なくても、わかる。
泣きたくても、泣けない。
笑いたくても、笑えない。
どうにか保っていたものが粉々に砕け、茫然とし、表情もなく立ち尽くしている人の顔だ。
「普通のお嬢さまがどうかは知らないけれど……わたしは、好きな人の傍にいるのが一番幸せだと思うわ。もしも、限られた時間しか傍にいられないのなら、迷わず蓮の傍にいることを選ぶ。必要とあれば、手段は選ばない」
「相手の気持ちは無視かよ」
「お嬢さまに、ワガママは付き物でしょう? そこが好きになれないのなら、手を出さないことね」
「付き物、か……」
ふっと、梛の身体から力が抜けるのを感じた。
「人の話を聞かずに、勝手に話を進めるのは、お嬢さまだからか」
「ちがうわ。梛が、好きだからよ」
「…………」
「梛に、幸せになってほしいから――ううん、梛を幸せにしたいからよ」
「俺は、不幸じゃない……」
「不幸じゃなくても、幸せとは限らないでしょう? 彼女が梛にあげたかったのは、お金じゃなくて、きっかけよ。梛が自分のことを愛そうが、憎もうが、そうすることで前に進めるのなら、かまわない。そう考えたんじゃないかと思う。彼女は……梛のことを愛してるのね」
「…………」