二度目の結婚は、溺愛から始まる


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征二さん抜きでの勤務第一日目。
わたしと海音さんは、何とか無事に怒涛のランチタイムを乗り切った。


「はぁ……思った以上に、緊張しちゃった。何事もなくて、ほんとよかった……。椿ちゃん、あとはよろしくね?」

「はい。引き続き、がんばります!」


梛とわたしがディナーの時間帯を上手く回せれば、征二さんもほっとするだろう。


「あとは……明日の準備をちょっとだけして、あがるね?」

「はい!」


海音さんが、明日の仕込みに取り掛かり始めたところへ、梛と花梨が連れ立って店に現れた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、梛くん」

「こんにちは、椿さん」

「こんにちは」


オフホワイトのブラウスにペパーミントグリーンのスカート。ごくシンプルな装いでも、お嬢さまは麗しい。


「椿、あれ持って来てるか? 用意できているなら、花梨が役所へ持って行く」


カウンターに花梨を座らせ、その横に立つ梛は、昨日とは別人のように晴れやかな表情をしている。


(よかった……)


梛のことは「好き」ではないけれど、幸せそうな二人を見られて嬉しい気持ちに嘘はない。

まだキッチンにいた海音さんは、わたしたちの様子を見て、「いいよ」と目配せしてくれた。

バックヤードへ引っ込み、鞄から、蓮と二人で署名した婚姻届を取り出し、急いで戻る。


「お待たせしました。これで、大丈夫だと思うんですけれど……」

「ありがとうございます。昨日は、お忙しいのにお二人を長々と引き止めてしまって、申し訳ありませんでした」


花梨に丁寧に頭を下げられ、恐縮してしまう。


「あの、ただそこに居ただけで、わたしたちは何も……」

「梛の部屋を片づけていただいた上に、美味しいスープとサンドイッチまで用意してくださったでしょう? 梛の代わりにお礼申し上げます」


礼を言うべき梛本人は、そんな事実はなかったとでも言いたいのか、無理やり話題を変える。


「椿。昨日、用はないけど話はあるって言ってただろ? あれは、何だったんだ?」

「え……あっ!」


梛と彼女がめでたく結ばれたことを見届けて満足してしまい、肝心の話ができなかったことを思い出す。


「実は、蒼に頼まれたことがあって……相談しようと思っていたの」

「蒼に?」

「蒼たちの結婚式で、フレアバーテンディングを披露してくれないかって言われて……」

「はぁっ!? フレアだって? 普通のシェイクも満足にできない椿には、一生かかっても無理だろ」

「……そ、んなこと……練習すれば……」

「蒼の結婚式まで一か月もないんだぞ? できるわけねぇ。失敗するコントでも披露するってんなら、話は別だが」

「…………」


予想通りではあるが、容赦なく一刀両断され、項垂れた。


「あの、フレアバーテンディングって、わたしが梛と出会ったとき、ホストクラブで披露していたもの?」


わたしたちの遣り取りを聞いていた花梨が、おずおずと訊ねる。


「え? ……ホストクラブ?」


知らなかった梛の経歴と彼女との出会いに、驚いた。


(梛はホストクラブで働いていて、その時に彼女と出会ったってこと……? まさか、カモにしてたんじゃ……)



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