二度目の結婚は、溺愛から始まる

声を荒らげた蓮が手を伸ばし、キーを取り上げようとしたので、慌てて後ろ手に隠す。


「貸せっ! 俺が運転するっ!」

「イヤっ! 大丈夫って言ってるじゃないっ!」

「おまえが大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだっ!」

「安全運転するものっ! 初心者マークも付けてあるしっ!」
 
「こっちが気を付けていても、相手が突っ込んで来ることだってあるだろうがっ! あの時のように……」


蓮の顔は青ざめ、握りしめた手が震えている。

たくさんの車が行き交う公道を走る以上、どんなに気をつけていても百パーセント安全、大丈夫ということはあり得ない。


けれど、七年前とはちがう。

今日とあの日は、「同じ日」ではない。


「あの時とは、ちがう」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって、蓮が一緒だもの。文字通り、一蓮托生ね!」


蓮は、深々と溜息を吐き、休日モードで下ろしている前髪をぐしゃりとかき上げた。


「……心労で俺を殺す気か?」

「吊り橋効果で、恋に落ちるかもしれないわよ?」

「あれは、ただの錯覚だ。しかも、容姿が魅力的でなければ逆効果になる説もあると知ってるか?」


呆れ顔でそう言われ、項垂れた。


(……つまり、わたしでは効果がないってこと?)


自分が美しいだなんて、思ったことはない。
けれど、蓮に――好きな人に面と向かって言われると、落ち込む。


「あのな、椿。美しいから好きなんじゃなく、好きだから美しいと思う。そういうことだろ?」

「……別に、無理して慰めてくれなくてもいいわよ」

「無理はしていない。俺は、椿の全部が気に入ってるって言っただろう?」

「本当に?」

「もちろん、本当だ」


ふわり、と抱きしめられてほっとしたのも束の間、蓮がこっそり車のキーを取り上げようとしていることに気づき、その胸を押し返す。


「ダメっ! わたしが運転するの!」

「椿、頼むから…………今日だけは、やめてくれ」


悲痛な表情で訴える蓮に、心が折れそうになる。
手っ取り早く蓮を安心させたいなら、譲ってしまえばいい。

でも、それでは意味がない。
それでは、わたしたちは前へ進めない。


「今日だからこそ、わたしの運転で行きたい場所があるのよ!」

「…………」

「もし、途中で無理だと思ったら、蓮に運転してもらう。だから……お願い」


蓮にとって酷なことを要求しているとわかっていても、今日だけは引き下がれない。

じっと見つめるわたしの前で、俯き、沈黙していた蓮は、やがて深々と息を吐いて「わかった」と呟いた。


「少しでも危ういと思ったら、即刻運転を交代するからな?」

「了解です」

< 317 / 334 >

この作品をシェア

pagetop